税務行政執行共助条約はオフショア法人包囲網になり得るか

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バハマ・サドルバック・キー(Saddleback Cay)

2012年度(平成24年度)税制改正において創設された国外財産調書制度がいよいよ今年から実施される。

この制度については、私も「国外財産調書制度は脱税防止に役立つのか(2013年3月11日)」や、「ハンドキャリーによる現金の持ち出しもばれる税務当局間の自動的情報交換(2013年9月20日)」で触れてきたが、申告義務が生じるのは、申告すべき前年の12月31日現在に保有する国外財産の金額(円換算した評価額)が5千万円を超える日本在住者となっていて、申告期限の3月15日までに国外居住者となった場合と、法人資産は対象外となる。

従って、この制度ができたときは、海外資産が5千万円を超えるような人は、海外法人を設立して、そこで資産運用をすればいいではないか、ということが真しやかに語られていたこともある。

実際のところはともかく、海外ではそんなに簡単に法人の設立と維持管理ができるのか、ということを知りたいと思って参加したのが、越境会のセミナー「第2回 オフショア法人設立入門 ~香港・シンガポール・BVI・セイシェルほか~」というわけだ。

私の場合、現時点では海外資産評価額が5千万円にはとうてい及ばないので、国外財産調書のことを心配する必要は全くないのだが、知識としていろいろなことを知っておくのは悪くないと思ったのだ。

また、MONEYzineで掲載されている税理士・高橋節男氏のコラム「グッバイ、ハローワーク! 今こそ、ハイリスクな正社員を辞めて『サラリーマン法人化』を実現しよう(2008年09月23日)」や、「さらば正社員 自分で自分を雇う『合同会社』で生き残るのは君だ(2008年10月27日)」などを読むと、オフショア法人とまではいかなくとも、多くのサラリーマンにとって未知の分野である法人について学習することが、いかに大切であるかを感じることができるだろう。

ところで、セミナー講師の加藤由美子さんからは、最初に香港(参考:JETRO 外国企業の会社設立手続き・必要書類)、シンガポール(参考:JETRO 外国企業の会社設立手続き・必要書類)、セイシェル、そしてリベリアでの法人設立要件について説明があり、彼女曰く、最も設立が容易なのがセイシェルであるとのことだった。

何といっても、セイシェル法人は、資本金の払い込みと、役員と株主を1名ずつ置く(セイシェルの非居住者でも可)必要がある以外は、香港法人のように会社秘書役(Company Secretary)と呼ばれる香港居住の事務代理人を置く義務もなく、シンガポール法人のように居住者を役員にする必要もないからだ。

また、セイシェル法人は最低資本金はUS100,000ドル(約1千万円)の規定があるものの、実際の払い込みはUS1ドルでもいいとのことで、これがなおさら設立を容易にしている原因であろう。

要するに、セイシェルがそれだけ法人設立要件が緩いとも言えるが、法人設立に伴って必要とされる銀行口座について、昨今は、国際間の条約などで脱税やマネーロンダリングを防止しようという枠組みができているため、香港では2~3年前からコンプライアンスが厳しくなり、オフショアの一つであるBVI(イギリス領ヴァージン諸島/British Virgin Islands)法人名義では銀行口座が開けないといったことも出ているそうだ。

今のところ、セイシェル法人はそこまで規制はかかっていないが、将来的にはどうなるかわからない情勢であるらしい。

また、これらのオフショア法人でなくとも、香港での口座開設の必要性を相手側に納得させることができなければ、法人口座を開けないこともあり、仮に香港の銀行口座が付いたシェル・カンパニー(Shell Company)を購入したところで、場合によっては銀行口座を閉鎖させられるリスクが生じているとのことだった。

なお、香港でのビジネスサポートや、オフショア法人の設立に関して詳しいことをお知りになりたいのであれば、第二文化國際有限公司(Daini Bunka International Limited)(Company No: 1918468 地址:香港中環皇后大道中2號 長江集團中心19樓 Address: Level 19, Cheung Kong Center, 2 Queen’s Road Central, Central, Hong Kong 電話:+852-3478-3616 e-mail)に連絡してみるといいだろう。

加藤さんの講義は香港情勢が中心であったが、私が思うに、今後はほかの国でも、事業実態のないと思われる法人口座を規制する動きが強まるのではないだろうか。

なぜなら、欧州評議会(Council of Europe)と、経済協力開発機構(OECD)加盟国間で締結された、国際的な脱税及び租税回避行為に対処するための税務行政執行共助条約(租税に関する相互行政支援に関する条約)は、2013年12月23日時点で64ヶ国が署名していて、徐々にこれが増えつつあるからだ。<参考:OECDの税務行政執行共助条約に関するページ(Convention on Mutual Administrative Assistance in Tax Matters) 税務行政執行共助条約及び改正議定書への署名国一覧(Chart of Signatures and Ratifications)>

この国際条約は、日本政府が各国と締結している租税協定(所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための二国間協定)(財務省-国際課税に関する資料)と相俟って、税務当局の情報収集のツールとなることだろう。

この条約の中で、自動的な情報交換(第6条)と、自発的な情報交換(第7条)は、従来の要請に基づく情報の交換(第5条)とは違って、日本の税務当局の要請なしに情報がもたらされるもので、これらの情報と、税務署に提出された国外財産調書との照合が行われるようになると、私が「ハンドキャリーによる現金の持ち出しもばれる税務当局間の自動的情報交換(2013年9月20日)」で書いたことが現実味を帯びてくるだろう。

特に、自発的情報交換(第7条)は、例えば日本居住者が外国の銀行を通して人為的な租税回避行為(脱税)を行っていると推定される場合には、該当国の政府が日本政府に対して情報提供するという規定になっているからだ。

また、海外における租税に関する調査(第9条)の規定は、前述の例で言えば、脱税被疑者の租税債権(海外資産)の存在している国の税務調査の際に、日本の税務当局者の立ち会いが認められる可能性があることを、保全の措置(第12条)の規定には、脱税被疑者の租税債権(海外資産)の差し押さえを迅速に行えるような協力体制を取ることが定められている。

こういった情勢の中で、各国の銀行のコンプライアンスが厳しくなるのは必定で、人為的な租税回避行為(脱税)を行う可能性を秘めた人、あるいは法人の口座開設を拒否するのは当然の流れとも言える。

要するに、銀行側にしてみれば、大がかりな脱税やマネーロンダリングの舞台とされた場合の、国際的な制裁を受けるリスクを回避しようとするからだ。

最後になるが、日本の税法にもいわゆるタックスヘイブン対策(CFC/Controlled Foreign Corporation)の規定がある。

所得税に関しては、租税特別措置法第2章第4節の2(居住者の特定外国子会社等に係る所得等の課税の特例/第40の4-第40条の6)、租税特別措置法施行令第2章第8節の4(居住者の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例/第25条の19-第25条の24)に、法人税に関しては、租税特別措置法第3章第7節の4(内国法人の特定外国子会社等に係る所得等の課税の特例/第66条の6-第66条の9)、租税特別措置法施行令第3章第8節の4(内国法人の特定外国子会社等に係る所得の課税の特例/第39条の14-第39条の20)にそれぞれ規定されている。

詳しいことは税理士などの専門家にお尋ねいただくとして、これらの規定に抵触する場合は、せっかく海外法人を作ったとしても節税対策にはならないようだ。

要は素人の生半可な知識では対処できないというのが実感で、少なくとも国際的に海外法人や口座を使った脱税や租税回避行為に厳しくなってきていることを覚えておけば、詐欺的な節税スキームで金を毟り取られることもなくなるだろう。

コメント

  1. 個人 より:

    何故に法人口座に拘るかが分かりません。
    現地で将来的に何らかの会社でも立ち上げるのですか?
    だとしたら、立ち上げた後に口座を開いたほうが、
    無駄な支出(維持費)が減ると思うのですが。
    無駄に法人口座にすると、個人口座(非居住者)だったら
    非課税だったインカムゲイン(キャピタルゲイン)も
    納税する義務が発生してしまいます。
    私の持つ知識の中では、理解が出来ません。

  2. カルロス より:

    コメントありがとうございます。
    私は今のところ海外法人や法人口座を作るつもりはないですよ。
    そのように読めましたか(笑)
    理由は貴方もご指摘の通りですね。
    今回のセミナーは単なる学習です。
    いろいろなことを知ることができるのと、海外に人脈ができるのはいいことだと思いますから
    講師の方は香港在住なので、私の持っているHSBC香港の口座(個人)のことなどで、いろいろ相談できそうですしね。

  3. 海外在住 より:

    海外在住のものです。
    上のメールで税制について詳しく述べられていますが、脱税(または「合法的な脱税」または「準合法的な節税」)以外にセイシェルに法人を設立する理由はなんですか?
    金融取引業などで日本で行なえない事業を行なうため、というなら周りにもいるのですが、他にどう使いようがあるのか興味があります。確かに低コストで設立できるので国際ビジネスの取っ掛かりにはよいのかもしれません、でも香港で銀行口座が開けられなくなっているといいますし、「セイシェル法人」なんていかにも脱税してます、みたいな会社でビジネスをやるって、顧客に嫌われないでしょうか?法人口座についても述べていますが、その銀行も、香港が駄目なら名前すら聞いたことのない国の名前聞いたこともないオフショア銀行ですよね?そんなところに取引先が入金したがるでしょうか?仮にしたとしても、名前が残り、その国のその銀行でマネロンが発覚したら、その銀行に出し入れした全ての会社の名前も記録されますよね?
    ノミニー株主を使えば、タックスヘイブン対策税制の適用外になる、と言われたこともありますが、それはないでしょう、「直接的にまたは間接的に日本居住者が株を50%以上保有する」とありますから、この間接的、という部分にひっかかりますよね?
    ノミニー株主を使えば、単に「納税してないで海外に隠してても見つかりにくくなる」というだけの話かと思います。
    脱税でもいい、日本にお金を戻すつもりゼロ、という人ならセイシェル法人もよいのかもしれませんが、他に使い勝手があれば知りたいところです!
    脱税が悪いとは言いません、ただ、なんかこう・・・、オフショア関係の話を読んでいると、なーんかすっきりしないんですよね、「だからセイシェル法人って何に使うの?!」みたいな!!

  4. 海外在住 より:

    「個人」さんへ
    会社に銀行口座がなければ何も取引できないのではないか、と思います。会社を作る理由はビジネスですから、それが何のビジネスにしろお金の出し入れがあることは前提ではないか、と。
    また、法人口座だと個人口座なら非課税になるべきインカムゲインも納税義務が発生する可能性、とありますが、この場合の個人口座の非居住者というのは、オフショア国に対して非居住者(つまり日本居住者)という意味でしょうか?だとすれば、たぶんですが、法人もこの場合はIBCと言って非居住籍の法人ということで、その口座も非居住籍口座ということで、どっちみち法人事業税は無税かと思いますが。

  5. 海外在住者 より:

    カルロスさん
    ブログ本文で、5,000万円以上の海外資産申告を逃れるために海外法人を作れば、というお話、法律的にいったらアウトだと思いますよ。日本居住者が海外に100%の持ち株で所有している(または50%以上の株保有)実態のないペーパー会社は個人所得とみなされるはずですので。
    周りに税理士さんとかいるので聞いている話です、たぶん間違ってはいないかと・・・。(^-^;)
    たぶん、お聞きした話は、匿名性の高いオフショア法人(セイシェルとかBVI)に法人を設立してそこで資金を運用すれば、「わかりにくい」=ばれにくくい、と聞かれたのではないでしょうか?
    だとしたら、それはそうかもしれませんね、日本の税務局が海外にある日本居住者の資産を全部把握できるわけがないもの!でもそこまでリスク追って隠すほどの資産、ある人にはありますからね!
    (だから最初のコメントでも書きましたが、セイシェル法人って脱税以外に使い道があるのか??って疑問です!)

  6. カルロス より:

    海外在住さん
    コメントありがとうございます。
    私としては知識を得るためのセミナー参加ですので、今すぐ法人設立とかいう話ではないです。
    まあ、BVIとかセイシェル法人とか確かにグレーゾーンという感じはしますね。

  7. 海外在住 より:

    カルロスさん
    そうですか、でもBVI法人はセイシェル法人と違って、例えば香港で会社を作って香港で上場しようって時には使えます。香港法人の多く(80%くらい?)がBVI法人やケイマン法人を使って上場しているので。でもセイシェル法人は上場が認められていません。まだ。
    なのでやっぱり使い道がわかりませーん、なのですが。w

  8. カルロス より:

    海外在住さん
    私もあまりというか全然わかっていません。
    セイシャル法人を持っている人はいるようなのですが、私には無縁のような気もします。

  9. とみー より:

    情報ありがとうございます。
    私達Web制作や仮想通貨の取引所を運営している会社でして、現在日本法人、香港法人とBVI法人を持っております。日本法人は海外の代理店として事業を進めたいと思っておりますが事業自体はすべて日本国内で行う感じになります。事実上WEB制作や仮想通貨事業はネット上でできるものなのでどこでもできることですよね。実態が香港やBVIになくてもタックスヘイブン制度を利用できますでしょうか?

  10. カルロス より:

    とみーさん、コメントありがとうございます。
    >実態が香港やBVIになくてもタックスヘイブン制度を利用できますでしょうか?
    そこまでの質問は税理士その他、専門家にお聞きになった方がいいと思われます。
    私ではわかりかねます。

  11. とみー より:

    お返事ありがとうございます。
    近日オフショアなどに関するセミナーなどありますでしょうか?
    またはオフショアなどに詳しいグループなどがあれば教えて頂ければ幸いです。

  12. カルロス より:

    私が受けたセミナーは越境会が主催したものです。
    最近ではオフショアに関するものはあまりないようですが、こちらのリンクでセミナー日程を確認されるといいと思います。
    http://www.ekkyokai.com/wp/seminar/

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