ペンネーム「轟 源次郎」、いよいよ念願の作家デビュー

私は、昨年の11月から密かにやっていることがある。
クラウドワークスというところで、ブログ記事の執筆などを請け負っているのだ。

きっかけは、ある女性ブロガーが、より多くの集客を望むなら、ライティングのスキルを学んだ方がいいと書いていたことがあったからだ。
どこで学ぶんだ?と読んでいくと、クラウドワークスや、ランサーズで、仕事をやりながらライティングを学べばいいとあった。

そこでプロフィール登録をして仕事を始めたら、書籍のライティングをしないかというオファーが来た。
その映えあるデビュー作が、株式会社まんがびとさんから出させていただいた「社員を1週間休ませれば業績はバカみたいに上がる!」というものだ。

働き方改革による有給休暇の取得義務化がクローズアップされる中で、私も世の中に一石を投じようと書き上げてみた。
電子書籍と紙書籍の双方で出版されているので、興味があれば、お読みいただければ幸いに思う。

一番悩んだのは、これを私のブログで公表することだった。
なぜなら、ペンネームはわざと違うものにしたし、本を出すことのリスクはブログで顔出しするよりも高いと思っているからだ。

私は、本ブログでも時事評論的なことは時折書いているので、読者の方には自分のパーソナリティは理解されていると勝手に思っていたのだが、単発の記事検索で来られる方も多いので、あながちそうとも言えないのが現実だ。

私の心の中に今でも残像として強烈にあるのが、2009年7月16日付のコラム「バンコク在住邦人の惨すぎた有名税」の中で言及したペンネームyasuda こと棚橋貴秀さんのことだ。
私は彼と実際にバンコクでお会いしているし、当時執筆していたブログも知っている。

ところが、書籍を出して、ブロガー以外の人にも、彼の存在が知れたタイミングで殺された。
私が思うに、バンコク在住者の中の、貧困組の妬みを買った可能性が強いのだ。

投資ブログだけなら興味のある人しか来ないが、紙書籍(当時は電子書籍はなかった)はノンIT層の目にも触れる。
私は自分の書籍が出版されてから2ヶ月もの間、そのことが頭に浮かんでずっと悩んだのだ。

実のところ、私は2001年12月4日に旅行記のウェブサイトを公開する前も悩んだことがあった。

当時は、掲示板という交流ツールがあり、それに訪問者が感想を書き込んで、管理人が返事をするというスタイルが流行っていた。
そこで、私が別の男性管理者が運営する旅行記サイトの掲示板で見たコメントは、「海外旅行にいっぱい行けていいですね。私はそんな休みは取れません。」といった超ネガティブなものだった。

1980年代以降、20世紀終盤の日本人の海外旅行は女性が主体で、男性は会社に縛り付けられるというのが、日本の一般的なコンセンサスだったが、そのようなコメントを公開の場で書かれることに非常に不愉快な思いをしたものだ。

しかしながら、この時は、海外投資を楽しむ会で知り合った仲間の後押しがあって私は旅行記のウェブサイトを公開した。
そして、そのことがきっかけで参加できたそれゆけ個人旅同好会のオフ会は、男性の参加者が自分の想像以上に多くて驚いたものだった。
このとき、世間の常識(空気)は、実態と違っているのだと私は意を強くしたものだ。

さて、今回の決断の決め手は、自分が亡くなった後にも書籍は形に残るということだった。
このブログも、さくらインターネットのサーバ利用料を、後継管理者(相続人)が払ってくれればそうなるが、そこまでするかということもあろう。

私という人間がこの世に生きた証、何を考え、どうやって生きてきたかの軌跡を残そうと思った。

また、数あるビジネス系の自己啓発本で、「従業員をあなたの会社のファンにして(満足度を向上させて)、業績を上げましょう。そのためには、経営者が率先して1週間の連続休暇を取り、従業員にもそのように指示を出しましょう。」という趣旨のことを書く人はいるだろうか。
おそらく、あまりいないのではないかと思ったのだ。

最後に、今回の私の作家デビューを後押ししてくれた株式会社まんがびとの平田社長にはお礼を言いたいと思う。
彼のオファーがなければ、私の作家デビューはなかったかもしれないからだ。

OKバブリー2019! バイバイ平成

OKバブリー2019! バイバイ平成 IN CONA五反田

去る2月2日に五反田の「イタリアン&ワインバル CONA」で、美人3人組の主催による「OKバブリー2019! バイバイ平成」というイベントが開催された。
要は、平成最後の年にバブル景気のときのことを思い出して、パーと騒ごうという企画だ。
この企画の幹事の一人である理恵さんは、2017年10月9日に開催された「今こそ〇〇に夢中~Halloween Party in Shibuya~」も開催していただいた女子なので、会場のノリもハロウィンみたいな感じだ。

私は、別に開催されていた昼飲みの部(「居酒屋じゅーん」で旅の情報交換会)から駆けつけて途中参加したので、いつもの「ずっぽし扇子」だけ持参して突入した。
すでに料理はほとんどなく、ワインやカクテルしかなかったので、昼の部で飲んでいたこともあって、最後の方は何だかわからない状態だった。

OKバブリー2019! バイバイ平成 IN CONA五反田

ところで、今から30年以上前のバブル景気のときは、今とは別の会社にいた私、社会全体が景気もよく、証券会社の女子社員のボーナスが100万超えなんていう時代だった。 水中造形センターから出版されていた「海と島の旅」(2009年2月号で休刊)は当時の私の愛読書だったのだが、「金満OLは南の島を目指す」なんて書かれていた。

今では、アベノミクスという官製相場に、官製賃上げをしている状態で、日本経済は、一年中モルヒネを打っているジャンキーのような感じだ。
平成時代が30年下ったら、金満OLどころか、貧困女子の特集が雑誌の紙面を賑わしている。 単純に言えば、今の50代後半から60代前半の女性は、金満OLの時代にドップリと浸かっていたわけだが、その娘世代は貧困女子も多いわけだ。

あと2か月余りで新元号の時代に突入するわけだが、バブリーどころか、リーマン級の金融恐慌が来なければいいと思えるほどだ。
2018年6月27日付の日経新聞では「企業の4割、日銀が大株主 イオンなど5社、実質『筆頭』」とあり、今後も継続して日銀などがETF買いを続けることは困難だろう。

さらには、厚生労働省の毎月勤労統計に端を発した霞が関の統計の不正処理も大きく報じられ、安倍政権の実績(アベノミクス)が虚構ではないかとも言われ始めた。(2019年2月2日 文春オンライン-アベノミクスは嘘だったのか? 「毎月勤労統計」不正の影響を政治家の発言から追う
このままポスト平成時代に突入して、日本経済が地獄を見なければいいが、果たしてどうなることだろうか。

最後に、あなたにとって平成時代はどんな時代だったか?
と聞かれたら、私は旅三昧だった、と答えるだろうな。

ココログ(cocolog)からWordPressへブログの引っ越し大作戦

喜ぶ女性

弊サイトの再構築の一環として、ブログもココログ(cocolog)で管理している「カルロス・ハッサンの『今日の一言』」からWordPressで作成する本ブログへ移管することを決断した。 

私がさくらインターネットでウェブサイト「カルロス・ハッサンの平成旅日記」を管理していることもあって、そこでWordPressをインストールすれば、無料でブログが作成できるので、サーバも一緒にすることにした。

ところが、ココログでの運営年数が14年近くに及び、記事数も1,100を超えると、移管してからの作業が大変なのだ。
いろいろな先例記事を参考にさせていただいたが、ココログ側の画像をサムネイルにしていることが祟って、結局は膨大な手作業をするハメになりそうだ。
まずは、2019年になってからの記事だけ整備したので、正式に公開し、あとの残りは暇を見て徐々に整備していこうかと考えている。

そうなると、メインサイトは旅行記が主体となるのだが、旅行記についてもブログで執筆しようかと考えていて、ウェブサイトを完全にアーカイブ化するか、私の友人のとんびさんのように、旅行記はブログとウェブサイトの二本立てでいくかは思案のしどころと言えよう。(2018年12月31日-平成時代最後の年末にウェブサイトのタイトルを変えてみた

とりあえず、今回の移管作業の次第を以下に書いたので、ココログのブログ管理者は参考にしていただければ幸いに思う。

さくらインターネット側の作業

  1. 初期ドメイン名(〇〇〇.sakura.ne.jp)でサーバコントロールパネルにログインする。
  2. WordPressをインストールするフォルダを作成する。
    作成する場所は、サーバ上のアドレス「/home/〇〇〇(アカウント)/www」の直下にし、「運用に便利なツール」→「ファイルマネージャー」から「表示アドレスへの操作」→「フォルダ作成」で任意の英数字で作成する。
  3. データベースの設定へアクセスし、データベースの新規作成を行う。
  4. データベースができたら、クイックインストールを開き、カテゴリメニューから「ブログ」→「WordPress」を選択し、インストールする。
    このときに指定するインストール先のフォルダと、データベースがそれぞれ2と3で作成した場所となる。

私は、このときに、.htaccess(ドットHTアクセス)ファイルを使って、初期アカウント(https://carlos.sakura.ne.jp/)にアクセスしていた訪問者を、すべて独自ドメイン(https://carlos-travelweb.com/)へ自動的に流すような設定にしていたので、そのファイルを外して、初期アカウントのトップページだけリフレッシュタグを入れたページを設置した。(.htaccessファイルの除外設定は何度やってもうまくいかなかった・・・泣)

そのため、ココログの文中に貼ってある初期アカウント(https://carlos.sakura.ne.jp/△△△~)へのリンクURLを、すべて独自ドメイン(https://carlos-travelweb.com/△△△~)に置換しなければならなかった。

ココログ側の作業

  1. @niftyココログ管理ページにログインする。
  2. 「ブログ」タブをクリック、該当のブログを選択し、「読み込み/書き出し」を選択する。
  3. 「書き出し」から「書き出し(IPv4のみ)」を選択し、右クリックメニューから「名前を付けてリンク先を保存」を選択する。
    このときのファイル名は「mt-export.txt」とした方がいい。

WordPress側の作業

  1.  WordPressのダッシュボードにログインする。
    さくらインターネットのサーバコントロールパネルからの場合は、クイックインストール画面の「インストール済み一覧」に管理画面URLがある。
  2. ダッシュボードの左サイドバーの「ツール」→「インポート」→「Movable Type と TypePad」からインポーターの実行を選択する。
  3. ココログからダウンロードしたファイル容量が5MB以下であれば、自分のパソコンに保存した「mt-export.txt」ファイルをそのままアップロードできる。
    私のように5MB以上あった場合や、予期せぬエラーメッセージが出たときは、ファイルマネージャーかFTPソフトを使って、先ほど保存した「mt-export.txt」ファイルを、WordPressをインストールしたフォルダの直下にある「wp-content」フォルダにアップロードしてからインポートを実行する
  4. ブログを独自ドメインで運用する人は、ダッシュボードの「設定」→「一般」から「WordPress アドレス (URL)」と、「サイトアドレス (URL)」を初期ドメインから独自ドメインのURLに変更する。

これで一連の作業は終わりになるのだが、実はこれだけではココログを閉鎖したときに画像がすべて消えてしまう(画像URLのリンク先がココログのフォルダのため)ので、それも移管しないとならない。
私の場合は、メインサイトでも同じコラムを掲載していたのが幸いして、そこで使っていた画像をそのままコピーすれば済むのだが、それでも付随する手作業は膨大な量になることが予想されている。
もっと、楽な方法があればいいのだが・・・

ちなみに、ココログで執筆していたブログの移管に伴って、メインサイトで掲載していたコラムも休止することになるので、併せてお知らせしたい。
メインサイトのコラムをココログと併用していたのは、無料ウェブスペースは運営企業側の都合でなくなる可能性があるのと(参考:2016年1月13日-@homepage サービス終了のお知らせ)、突然ブログが閉鎖された”なでしこりんさん”のことを知ったからだ。(2015年7月20日-保守系政治ブロガー”なでしこりん”さんの復活に思うこと

「居酒屋じゅーん」で旅の情報交換会

居酒屋じゅーん

昨日は1日で3つの用事のこなすために、横浜→八王子→五反田と移動する大変大忙しの一日だった。
そう、最初は八王子と五反田はそれほど急がなくてもいいと思っていたのだが、夜の部にある「OKバブリー2019! バイバイ平成」というイベントの開始時間が、何と夕方の4時だったのだ。

そんなに早いとは思っていなかった私は2つの飲み会を掛け持ちしたことを後悔した。
この日の飲み会は、本当なら先週(1月26日)の部に出たかったのだが、私がベトナム・香港旅行の途上で参加表明を逡巡しているうちに満席になってしまったのだ。

居酒屋じゅーん

とりあえず、幹事のDaisukeさんが追加開催してくれたので、昨日いそいそと出かけたのだが、開催場所が八王子市だったので、大移動をするハメになってしまったというわけだ。
この八王子にある「居酒屋じゅーん」は、幹事のお母さんがやっているところなので、昼間から貸切の開催が可能だったのだ。
和室で寛ぎながら昼の1時から飲む酒は格別だった。(笑)

それに、ここに集まった人は、フェイスブックの旅行系コミュニティの繋がりが強いので、やはり話題の主体は旅行、この話をし出すとあっという間の2時間で、次の予定がある私は、後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。
次回は、彼がロンドン留学する前にやるようなことを言っていたような気もするが・・・(笑)
その前に、「ラーメンを食べる会」のイベントがあれば、そこで会えるかな~

久方ぶりに日本でキャリーバッグを買ってみた

東急ハンズ横浜店

今度の3連休から3か月ぶりに海外脱出をする。
おそらく、今のままいけば平成時代最後の海外旅行になるだろう。

去る12月3日のコラム「海外旅行で壊れたキャリーバッグ、海外旅行傷害保険で修理依頼の顛末」で書いたように、破損したバッグの補償はされたのだが、肝心のバッグを買うのを今まで忘れていたのだ。

11月のベトナム・香港旅行のときは、小型のキャリーバッグで事足りたのだが、さすがに次回の旅行は、荷物が多くなりそうなので、それだけでは足りないことが予想できたからだ。

それにしても日本の旅行バッグ売り場に来たのは何年ぶりだろう。
2013年10月に横浜の東急ハンズが横浜モアーズへ移転したことすら知らなかったのだから我ながら大したものだと思う。

それもそのはず、2010年のアメリカ・メキシコ・グアテマラ旅行でバッグを盗られて以来、バッグが壊れるのも海外旅行先ばかりで、買い替えるのは海外のショッピングセンターばかりになっていたからだ。

とりあえず、軽くて目立つをテーマに選んだところ、シフレ(Siffler)のスーツケース GripMaster グリップマスター (TRI2112)を買うことにした。(現時点ではAmazonでも価格は同じようだ)
電化製品のように1年間の修理保証が付いているようだが、26,000円も出したので、5年くらいはもってくれないと困るのだが・・・果たしてどうなることやら。

新生銀行の口座を解約へ

新生銀行横浜支店

つい先日、新生銀行の口座を解約した。
元々、この銀行の口座は、2014年10月に、シティバンク(現在のSMBC信託銀行)の個人業務撤退後を見据えて開設したものだから、必然的に、外貨投資や海外送金の利便性、そして他行引出手数料の償還制度があることが前提だった。(2014年11月3日-シティバンク個人業務撤退後を見据えて新生銀行に口座開設

もっとも、2018年10月6日までは、口座残高にかかわらず、どこの提携ATMでお金を下ろしても手数料が償還されたのは、相当な優遇であったかと思うのだが、新生銀行は自前のATMを持っていないので、現在は、ステータスが下がると、どこで下ろしても手数料を取られることになってしまったのだ。新生銀行-提携ATMの出金手数料一部改定のお知らせ

つまり、新生銀行の支店内にあるATMも、提携ATM(セブン銀行)なので、わざわざ店舗まで行っても意味がないのだ。
もっとも、新生ゴールド以上のステータスになれば問題がないのだが、メインバンクとして使うつもりがないので、資産運用をしたりするのは正直言って重荷でしかない。

それに、海外旅行で使うにも、2018年12月7日までは新生銀行のキャッシュカードが、そのまま海外のATMで使えたのが、今では別途、プリペイドカード GAICA(Flex機能付き)というものを作る必要がある。(新生銀行-「海外ATM引き出し」サービス終了に関するお知らせ

つまり、私にとってはクレジットカードの引き落とし口座としての機能しかなく、今のところはSMBC信託銀行が従前のサービスを提供してくれているので、新生銀行の口座を維持する必要がなくなったというわけだ。
そこで解約の手続きに行ったのだが、まあ、待たされること待たされること、行った時間帯が悪かったのか、わずかな残高を引き出すのに1時間はかかったように思う。

2016年1月から導入された日銀のマイナス金利政策で、銀行の収益構造が悪化しているため、少額預金者は何かと手数料を巻き上げられるようになるだろう。
最後に残された砦は、ゆうちょ銀行なのかなと感じた一日だった。

ちなみに、前出のプリペイドカードのGAICAというのは、一般のデビットカードのように、国内のVISA加盟店でショッピングをするときにも使えるので、当月20日までに1万円以上チャージすることによって、翌々月のATM利用無料の条件を満たすことができる。(新生ステップアッププログラム
まあ、私のように解約しようと思っている少額預金者は、このことを知っておくといいかもしれない。

スマホアプリで英会話を学んでみよう

スマホを操作する女性
去る1月24日のコラム「プレイバック1998年、私の英会話学習事始め」で、私は20年ほど前に英会話スクールに行ったことを書いたが、過去に私と同じようなことをやって途中で挫折した人も多いのではないだろうか。

受験勉強のときを思い出して欲しいのだが、私もそうであったように、イヤイヤながら英語を勉強しても頭に入るわけはないし、受験が終われば、忘却の彼方ではないだろうか。
それが日本人が英語ができない最たる要因ではないかと思う。

私の場合は、テキストが海外旅行で使うシーンがメインだったし、それが、私にとって非常に実用的だったから、英会話のフレーズを覚えるのも早かったのだが、会社で英語を使うから習えと言われた人などは、受験勉強並みに苦悩しているだろう。

そこで、私が見つけたのが「英語アプリベスト」というウェブサイトだ。
このウェブサイトのキャッチフレーズは、1日20分!アプリで英語トレーニング!だ。

ここに書かれている「日常会話に困らない英語力を身につけることが重要。そのレベルに達することができれば、あとは英語力が今までにないスピードで上達するようになります。」というのは、私の体験から言っても正しいと思う。
まずは、英語が話せることが楽しい、面白いというのを実感するのが大切なのだ。

とりあえず、普段の日が多忙な人は、通勤の隙間時間に英会話を学ぶことから始めてみるといいだろう。
私のように英会話スクールに行ったり、フィリピン人とのスカイプ英会話をやったりするのは、それこそ、日常英会話ができるようになってからのステップでいいかと思う。

いずれにせよ、これからは訪日外国人観光客もますます増えることが予想されるので、日常会話程度でも英語ができた方が、旅先で楽しい思いができることだろう。

キャシー(Cathy)さんのホームパーティで大坂なおみ選手の快挙を見た

2019年1月26日 Cathy's Home Party
昨夜は、フェイスブックの旅人コミュニティ「VACATIONS~旅・美・食・イベント”大人の遊び場”」が主催した先月の忘年会で知り合ったキャシーさんにお誘いを受けて彼女のホームパーティにいってきた。

2019年1月26日 Cathy's Home Party

このイベントは、私の友人が何回か参加していて写真で見ていたので、雰囲気は何となくわかっていたのだが、参加してみると、旅系のコミュニティで繋がっている人も何人かいて話が結構盛り上がった。

2019年1月26日 Cathy's Home Party

初対面の方も話好きな方が多く、打ち解けるのにそう時間はかからず、楽しいひと時を過ごさせていただいた。

2019年1月26日 Cathy's Home Party

あいにく、私が知っている人は海外へ高飛び中のようで来られなかったようだが、いずれ再会する機会もあるだろう。

2019年1月26日 Cathy's Home Party

ところで、私は関心があまりなかったのだが、この日の夜は、全豪オープン(Australia Open)の決勝が生中継されていて、それをみんなでテレビ観戦した。

2019年1月26日 Cathy's Home Party

ちょうど、私たちが見始めたのが第二セットの第9ゲーム、大坂なおみ選手がリードして、まさに優勝の一瞬かということきに、まさかの逆転負け。
そのまま4ゲーム連取されて第二セットは逆転を喫し、おおお、このまま第三セットも落として、負けるのかという雰囲気が出始めた。

2019年全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手

ところが、第三セットは、第3ゲームのクビトバ選手のサービスをブレークしたのが効いて、第10ゲームで決着、大坂なおみ選手は全豪オープン優勝と世界ランキング1位というダブルの快挙を成し遂げた。(2019年1月26日 産経新聞-大坂が全豪制覇 世界ランク1位へ 2019年1月26日 スポーツナビ-大坂なおみが初の全豪オープン制覇! ABC Net on 27 January 2019 – Australian Open champion Naomi Osaka rebounds from meltdown to beat Petra Kvitova

2019年全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手

初めて招かれたホームパーティで、期せずしてスポーツバーのようになった二次会、たまにはこんな日もあっていいかなと思った。

ちなみに、このイベントではプレゼント交換というのがあったのだが、私がいただいたのは「夜行バスで出かけましょう」(小川かりん著)という本だった。
このまま旅行に行けということかな~(笑)

プレイバック1998年、私の英会話学習事始め

St. Luke's Hospital
私が英会話を本格的にやろうと思ったきっかけは、今から20年ほど前に遡る。
1998年10月に慶應義塾外国語学校(現在の慶應外語)の英会話科に入学したときだ。

そうしようと思った直接のきっかけは、1997年12月から翌月にかけて行ったタイ・香港・マカオ旅行の途上、バンコクのタイ人日本語ガイドの言葉に加え、香港で買った英字新聞と、帰国後に読んだ日本の新聞の記事の落差に驚愕して、英語を本格的にやろうと決意したからだ。

ただ、私の場合は、仕事で英語を使うことは滅多になく、また、今のように日本の観光地に外国人が溢れていたわけでもなかったので、自分で外国へ行かない限り、英語を使う機会はなかった。

さて、この外国語学校の英会話科は、入学するときにクラス分けテストがあって、私は基礎コースからのスタートだったが、このときのテキストは、海外旅行で使うシーンがメインだった。
それは、私にとって非常に実用的だったし、若かったこともあるが、英語の上達も早かったように思う。
当時は、海外に行くのは、1年に1回か2回のペースだったが、何しろ個人旅行ばかりだったので、イヤでも実践が伴ったからだ。

そして、その機会は早くも訪れた。
1999年3月に行ったタイ・ミャンマー・ラオス旅行では、現地の英語ツアー参加や、警察への盗難届出などで、英語漬けとなった。

ちなみに、私は、このときのカメラの盗難をきっかけにデジタルカメラに買い替えた。
このときの旅行記の締めの言葉は、「少なくともIT(Information Technology)+英語(English)を使えることが21世紀の世界で豊かになる条件の1つであると私は信じて疑わない。」だった。

そして、クライマックスは、1999年9月、チュニジア・マルタ旅行の途上、私はマルタの街中で救急搬送され、入院生活を余儀なくされたときだ。
私はこのときに、パソコン(IT)と英会話を始めていたことを神に感謝した。
そうでなければ、私は、今こうして生きているか、わからなかったからだ。

その後、私は3年にわたって英会話をやり続けたが、その勢いでウェブサイトを立ち上げて(2001年12月4日)、英語のページを並行して作成、2003年12月には自力でHSBC香港の口座開設をするまでに至った。
あのときのまま学習を継続していれば、今頃は流暢に話せたかもしれないが、まあ、海外旅行に困らないくらいで終えてしまったのが私の限界だったか。(笑)

とりあえず、私はかつて「可愛い子には京都でアルバイトをさせよ(2017年12月8日)」とか、「京都の観光地は外国人でいっぱい、英語を話すチャンスでは?(2018年5月27日)」といったコラムを書いたが、自分自身の体験談をここに披露することにした。
これからの時代、英語の苦手意識を払拭するだけでも人生は変わると思うので、自分の気に入った方法でやるといいと思う。

ダイヤモンド富士も見られた2019年河口湖大寒オフ

2019年1月19日 ダイヤモンド富士
去る1月19日と20日に催行されたフジヤマツーリストLovers Kitchen(ラバ吉)のコラボ企画、「2019年河口湖大寒オフ~荒木シェフと行く!平成時代最後の大寒金運祭りバスツアー」に行ってきた。

例年は、あらっきーシェフの極上グルメと金運神社巡りがクローズアップされるツアーなのだが、今年はダイヤモンド富士を目の前で見ることができたことが特筆されるだろう。

2019年1月19日 ダイヤモンド富士

午後3時半過ぎ、綺麗に晴れ上がった空に輝いていた太陽が富士山頂めがけて沈み始めると、カウントダウンの始まりだ。
10分ほど経過し、私たちの周囲にいた地元の人たちの目も一斉に富士山に向けられ、一世一代のクライマックスの始まりに、今まで雑談をしていた人たちも静まりかえっている。

2019年1月19日 ダイヤモンド富士

5分ほどであっただろうか。
太陽が富士山の向こう側に沈むと、どこからともなく拍手が起こる。
私たちがここに来るのは年に1回か2回、そのタイミングで素晴らしいダイヤモンド富士を見られたことは、今年1年の運気の上昇を感じられた瞬間でもあった。

2019年1月19日 ダイヤモンド富士
ちなみに、この大寒ツアーは、毎年この時期に実施されていて、私は2013年2016年2017年2018年、そして今回と参加させていただいている。
これは、北口本宮冨士浅間神社の恵毘寿社祭(1月20日)に参加することが目的なので、残念ながら土日開催は6年に1回となる。

2019年1月19日 ダイヤモンド富士

それとフジヤマツーリストでは、10月20日の恵毘寿社祭へ行くツアーもやっているので、今年(2019年)は土日開催の可能性が高い。
大寒の時期よりは気候も良く、新屋山神社の奥宮にも参拝できるので、興味がある人はチェックしておくといいだろう。

2019年1月19日 ダイヤモンド富士