サービス残業という名の強制労働(forced to work)は下流老人への直行便

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頭を抱えるビジネスマン

私が今読んでいる本に社会福祉士の藤田孝典氏が書いた「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」がある。

2015年6月12日に発刊されて以来、わずか数ヶ月でかなりの人気となっているようだ。金融業界の関係者やファイナンシャルプランナーでなく、福祉の現場の人が書いた本ということで実感が伴うからだろう。

2014年9月28日に「NHKスペシャル 老人漂流社会 “老後破産”の現実」という番組が放映されたことも大きいと思う。
事実、この番組の放映からしばらくの間、私が書いた「公的(老齢)年金受給額試算でわかる厳しい老後の現実(2014年4月6日)」にもアクセスがかなりあったからだ。

さて、藤田孝典氏に限らず、大方の雇用・福祉政策担当者は、非正規雇用の若者は将来的に貧困老人予備軍という捉え方をし、塩崎恭久厚労相も非正規社員の正社員への登用を経済界に要請(2015年10月28日 産経新聞-塩崎厚労相『非正規を正社員に』 経済界に要請)しているが、賃上げも正社員の雇用も増えない理由の一つは、社会保険料(法定福利費)の負担が企業にとって重たいからだ。

いくら正社員の雇用に対して法人税を優遇しても(2015年8月24日 日経新聞-雇用減税 正社員に重点、非正規への優遇縮小 厚労省検討)、企業にとって重たいのは固定費となる社会保険料の方であり、それを毎年のように上げていては正社員の雇用は増えない。

むしろ、マイナンバー(社会保障・税番号)制度によって、今まで省庁連携の不備を衝いて社会保険の加入を免れてきた中小零細法人の中には倒産の危機に陥るところもあるというから、そのあおりでパート社員も労働時間を短縮されて、貧困対策が進むどころか、ますます悪化するのではないかという見方もある。(2015年10月20日 日刊ゲンダイ-中小零細はジリ貧・・・市場が警戒する「マイナンバー倒産」激増

ところで、今回の表題で「サービス残業という名の強制労働(forced to work)は下流老人への直行便」と付けたのは、半年前に書いた「マクロ経済も老後の生活も悲惨にする日本の労働環境(2015年4月11日)」があらためて正しいことを確信したからにほかならない。

藤田孝典氏は、下流老人の定義を「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」としている。

その上で、彼はその具体的な指標として三つの「ない」を示している。
そして、現時点で年収400万円前後の収入がある人でも高齢期には相当な下流リスクがあると警告している。

また、彼は、生活困窮者の救済に対して批判する人も多いが、明日は我が身といったレベルの人も多いと言う。
そうした中で給与所得と老後の年金だけが頼りのサラリーマンが、ブーメランのように自分に跳ね返って来ないことを祈るだけである。

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  1. 収入が著しく少ない。

厚生労働省の2013年(平成25年)の国民生活基礎調査の「貧困率の状況」によれば、「OECDの作成基準に基づいて算出した平成24年の貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は122万円(名目値)となっており、「相対的貧困率」(貧困線に満たない世帯員の割合)は16.1%となっている。また、「子どもの貧困率」(17歳以下)は16.3%となっている。」と書かれている。

私が「公的(老齢)年金受給額試算でわかる厳しい老後の現実」で書いたように、大学卒業後のサラリーマン生活(厚生年金など被用者年金加入歴)30年でもらえる試算金額が年収160万円程度(公租公課が控除された後の可処分所得はもっと少ない)で、この先は年金支給額の切り下げがあるとすると、現在はまともな収入があるサラリーマンであっても、65歳以降に公的年金収入だけをあてにした場合、下流老人になる可能性が相当にあることがご理解いただけるだろう。

従って、50代になったら、老後の準備として、公的年金の受給額の試算は是非ともやらなくてはならない最重要項目と言える。

  1. 十分な貯蓄がない。

総務省の2014年(平成26年)の家計調査報告(家計収支編)によれば、世帯主が60歳以上の高齢無職の世帯は、公租公課を差し引いた可処分所得は月額147,761円(実収入は月額170,638円)で、消費支出が月額207,370円、不足分(赤字)が月額で59,609円となっている。

一方、高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の場合は、可処分所得は月額177,925円(実収入は月額207,347円)、消費支出が月額239,485円、不足分(赤字)が月額61,560円となっている。

毎月の不足分(赤字)の穴埋めは貯蓄の取り崩しなどによるものと推定されるが、公務員や大企業を退職したサラリーマンのように、まとまった退職金があればともかく、月額6万円を取り崩していれば、500万円程度の貯蓄ではいずれ底をつく。

もっとも、現役時代の年収がいくら高くとも、投資のスキルはおろか、貯蓄の習慣さえない人は、下流老人予備軍となることは言うまでもない。(2015年08月13日 東洋経済-年収1000万円超なのに貯金がない人の悪習慣

まずはライフプランシート(参考:日本FP協会-家計のチェックツール)を使って家計診断から始めるといいだろう。

  1. 頼れる人間がいない(社会的孤立)

これは私も将来は他人事ではないかもしれないが、藤田孝典氏は、下流老人には家族が不在、あるいは疎遠の状態、かつ、近隣住民や友人との交流もあまりないといった、困ったときに気軽に相談ができるような人間関係を築いていない人が多いという。

また、仕事一筋できたようなサラリーマンが熟年離婚されると、男性側は日常生活力が低く、財産分与をきっかけに下流化するリスクが高いという。
日本の社会保障制度は申請主義を取っているため、その情報にアクセスする術を持たないことも大きい。

例えば、加齢によって大病のリスクが上がるため、その医療費によって貯蓄が底をつき、下流化する人も多いのだが、高額療養費制度協会けんぽ 横浜市の国民健康保険)の制度を知らない人も多いという。

また、高額療養費が支給されるまでの間、当座の医療費の支払いに充てる資金を無利子で借りられる高額医療費貸付制度(協会けんぽ)もある。

その一方で、生活困窮者を対象に無料低額診療施設というのがあり、病院側にも税制上の優遇措置があるそうなのだが、政府はそういった福祉施策を広げたり、積極的な広報を行ったりしていないと、藤田孝典氏は言う。

今なら周囲に相談相手がいなくとも、インターネットで情報収集できるのだが、そういったスキルがない人や、貧困でパソコンの購入費や通信費もままならなければ話にならない。

将来的には単身の高齢者も増加の一途を辿ると言われていることもあり、マイナンバー(社会保障・税番号)制度が定着したら、社会保障や福祉関係のサービスに関しては、ワンストップサービスができることが望ましいし、要介護状態にある人は医療・福祉関係者の代行申請もできるようにした方がいいだろう。

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今回のコラムの本題なのだが、実際のところ、私が「リタイア後のことを考えるとワクワクするかい?(2015年2月26日)」で紹介した「50代のサラリーマンのためのライフマネジメント簡易診断チェックシート」、この点数があまり良くない人は、将来的に下流老人になる可能性が高いのではないかと思う。

私が半年前にコラムを書いたときは、このチェックシートのことをポジティブな人生を送るためにという視点で書いたが、今回のコラムのように、ネガティブな人生にしないためにという視点で見ることもできよう。

まず、最初と2番目の「収入が少ない」「十分な貯蓄がない」というのは現役時代はともかく、会社への無償奉仕で失われた金銭的、時間的損失は老後の生活を直撃する。

今や、退職金と公的年金だけで老後は安泰だと思っているサラリーマンは皆無だろう。
従って、マネー雑誌のみならず様々なメディアで、若い頃から投資を始めようという宣伝が行われているが、滅私奉公とばかりに残業続きのサラリーマンが投資を勉強して実践するだけの時間は取りづらい。

まして週末起業(副業)など無縁の世界となるだろう。
しかも残業の対価すら入ってこないとすると、自分の健康を害するリスクだけ負うことになる。

もし、健康を害して職を失えば、自分たちの生活は元より、両親の生活設計まで脅かすことになる。
貴方がサービス残業(会社への無償奉仕)を当然視するような風潮のある職場にいるならば、将来的な転職も見据えて行動する方がいいだろう。

3番目の「頼れる人間がいない」というのは、公務員や大企業のサラリーマンの場合、実のところ退職するまで気づかない人も多い。
定年まで仕事一筋できた人が、頼みの家族の心が離れてしまった場合、三行半のリスクも大きいのに加え、現役時代の友人もプライベートでも一緒に遊びに行ったりするような仲でない限り、退職が縁の切れ目である。

日頃からプライベートなネットワークを作り上げている女性に比べて、男性サラリーマンのそれは恐ろしく脆弱だ。
会社内で飲み仲間が多いことは何の足しにもならない。

私も今ではプライベートなネットワークの方が強固なくらいで、25年も働いてきた職場関係の人たちは一部の友人を除いてほとんど付き合いがなくなりつつある。

果たして、恒常的な残業、まして会社への無償奉仕(サービス残業)しているサラリーマンが、プライベートなネットワーク作りができるか。
答えはNOであろう。

日本のサラリーマンで、現役時代を通じて全く残業をしない人はいないだろう。
残業が仕事の進捗状況でやむを得ず、かつ、対価を伴った最低限のものだったら従わざるを得ないものだ。

ところが、日本の職場では最初から残業をあてにした仕事量になっていることも多く、それに加えて、サービス残業という名の強制労働(forced to work)と化しているものもあり、ブラック企業と呼ばれる会社では、サービス残業が常態となっている。

ここでは詳しくは触れないが、NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏の著書「日本の『労働』はなぜ違法がまかり通るのか?」をお読みなれば、日本の労働者が先進国とは思えないほど虐げられている理由がわかるだろう。

それゆえに、下流老人の問題は根深い。
現役時代に自分で対策を施そうにもそういった時間すら取れない人が多いからだ。

私の友人の中には、日本の職場の長時間労働の慣習を「公害」と呼んで、官民で撲滅すべきものと主張する人さえいるくらいだ。

私は「日韓関係の新たな火種になりかねないUNESCO世界遺産登録の結末(2015年7月9日)」を書きながら奇妙な感覚に囚われたことがある。

佐藤地(さとう・くに)国連教育科学文化機関(ユネスコ)日本政府代表部特命全権大使の「Koreans and others who were brought against their will and forced to work under harsh conditions in the 1940s at some of the sites.(1940年代にいくつかの場所で、多くの朝鮮人が意に反して苛酷な労働条件で強制的に労働させられた。)」という発言に対して、岸田文雄外相と外務省は無能であり、彼女が売国奴であるとしてインターネット上で批判が渦巻いていたが、私は別の意味で心が冷めきっていた。

なぜかおわかりだろうか。

「Many of Japanese workers are forced to unpaid overtime work under harsh conditions after the 2000s at some of Japan’s companies.(2000代以降に日本のいくつかの会社で、多くの日本人が苛酷な労働条件で強制的にサービス残業させられている。」と言い換えれば今でも国際的に通用するからだ。

ユネスコの世界遺産登録騒動にはいろいろな理由があっただろう。
しかし、過労死という言葉を有名にした先進国とは思えない日本の労働環境は国際的にも有名だ。(International Labour Organization – An International Comparison of Unpaid Overtime Work Among Industrialized Countries)

従って、戦前の朝鮮半島出身者(当時は日本国籍)に対し、労働条件は内地の人と同じであって、彼らだけがforced to work(強制労働)ではなかったと、日本政府がいくら主張しても、今でも日本の職場は実質的にサービス残業(無償奉仕)を強制させているところが多いではないか、と口から出かかっている人は少なからずいると思うのだ。

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