日韓関係の新たな火種になりかねないUNESCO世界遺産登録の結末

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イタリア語の新聞

2015年7月5日の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会(UNESCO World Heritage Committee meets in Bonn 28 June to 8 July)で、福岡県の八幡製鐵所や長崎県の三菱長崎造船所など、8つの県の23の資産で構成する「明治日本の産業革命遺産(Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution: Iron and Steel, Shipbuilding and Coal Mining)」が世界文化遺産(Cultural sites)として登録された。

このこと自体は非常に喜ばしいことだが、その登録をめぐって日韓両国政府の歴史認識の食い違いの中で、日本側が譲歩した後で行われた佐藤地(さとう・くに)国連教育科学文化機関(ユネスコ)日本政府代表部特命全権大使の「Koreans and others who were brought against their will and forced to work under harsh conditions in the 1940s at some of the sites.(1940年代にいくつかの場所で、多くの朝鮮人が意に反して苛酷な労働条件で強制的に労働させられた。)」ことを公式に認めた発言が、日韓関係の新たな火種になりかねない要素を多分に含んだものとなっている。

昨年来、韓国政府が使っていた従軍慰安婦という日本政府に対する外交カードが、朝日新聞の捏造報道に基づくことが明白になり(2014年8月17日-従軍慰安婦問題で日本の国益を害する朝日新聞を廃刊させられるか)、米国の調査「2014年11月29日-ケント・ギルバートの知ってるつもり:マイケル・ヨン氏の記事の日本語訳(二カ国語)」などで、自国の旗色が悪くなってきたため、新たな外交カードとして仕込んだのが、日本統治時代の徴用工問題で、日本政府は韓国の策略にまんまと嵌ったようだ。

安倍晋三首相の熱烈な支持者たちは、産経新聞で報じられたように、岸田文雄外相の「財産請求権の問題は完全に解決済みとする従来の日本政府の立場に変わりがない」という声明に安堵している人もいるようだが、問題はそれほど簡単なことではない。

去る7日付のJapan Business Pressの記事「世界遺産の『徴用工』こそ日韓歴史問題の本丸だ」でも危惧されているように、岸田外相が日本国内で声明を発表しただけで問題が収まるなら、日韓関係はここまでこじれていないし、日本人の多くが韓国のことを蛇蝎のように嫌うこともない。

事実、6日付のソウル聯合ニュース(日本語版)の記事によれば、韓国青瓦台(大統領府)の朱鉄基(チュ・チョルギ)外交安保首席秘書官は「英文テキストが原文」だと強調している。

これは国際間の条約や公文では常識的なことで、必ず、解釈が異なるときは○○語を正文とする、という注釈があるはずで、ユネスコの文書は、英語で書かれたものと日本語訳や韓国語訳と解釈が異なるときは、英文が優越することになっているはずだ。

従って、「日本国内で国内解釈したことをわれわれがあれこれ言う必要ない」として、「われわれは英文解釈を重要視し、それに沿ってこれから解決していかなければならない」という声明は、一人の日本人としては怒りを覚えるが、国際的には極めて正しいし、岸田外相の声明は何ら韓国に対する牽制になっていないことを意味している。

穿った見方をすれば、韓国が新たな外交カードを使うのはこれからが本番であると言明しているようなものだ。
そして、何より重要なのは今や英語が国際語であり、英字メディアの一部は「日本が韓国の主張を認めたために明治日本の産業革命遺産が登録された」という趣旨の報道をしているということだ。

それなら日本の主張も英字メディアに載せてもらえばいいのでは、と思うだろうが、日本のマスコミの悪しき慣行の最たるものである「記者クラブ」の壁があるために、外国メディアは記者会見場に入れず、あるいは、逆に政治家や官僚が、まともな質問も出ないようなシャンシャン記者会見のぬるま湯に安住しているがために、外国メディアに記事を載せてもらえるチャンスを自ら逸している。

ちなみに、今から10年以上前にはEUが日本の記者クラブ制度を批判したこともあったが(The Guardian on 29 Nov. 2002 – EU acts to free Japanese media)、今や日本発の国際ニュースバリューの低下も相俟って、外国メディアがそういったことを言うこともないのであろうか。

これらの記事は、日韓両国民以外の人にとっては関係ないことで、記憶にも残らないだろうが、英字メディアのアーカイブ(過去記事)は、前出のガーディアン紙(The Guardian)のように日本のメディアとは比べ物にならないくらい長期間保存されているという事実がある。

加えて、韓国や中国の主要メディアは自国語は元より、英語版も日本語版もあってアーカイブも相当期間保存されているため、過去の記事を読者が追いたいと思ったときに簡単に検索することができる。

一方の日本側は英字メディアでの発信が乏しい上に、日本語版の記事のアーカイブの保存期間もおそろしく短い。
これではいくら日本側が何か歴史の検証をしようと思っても並々ならぬ苦労をしなければならないし、韓国や中国の主張だけがいつまでもインターネット上では主流となって第三者の心をも支配することになるだろう。

最後になるが、6月21日の日韓外相会談の中にある「日韓両国は,世界遺産委員会の責任あるメンバーとして、同委員会の成功に向けて協調し、『明治日本の産業革命遺産』と『百済歴史地区』という両国の推薦案件が共に登録されるよう協力する。」という合意を韓国がユネスコの世界遺産委員会の席上で反故にしたとの主張があるが(2015年7月8日-産経新聞:外務省、対外発信強化へ 韓国の合意反故で)、それが事実であるならば、外国に向けて発信し、韓国が信用できない国であり、彼らの主張がいかがわしいものであるというイメージ工作をする必要があるだろう。

私が「中国と韓国のはったりの行方(2005年5月5日)」(英語版)というコラムを書いてから10年、もはや今の日韓・日中関係は準戦時下であるのと同じであるという認識に立ち、綺麗事を言わずにあらゆる手段を講じるべきだ。

実際に韓国や中国は日本の国際的な評判を落とすために、ありとあらゆる工作を仕掛けているのだから、政府関係者はそれを傍観すべきではないと思う。
とりあえず、7日付のソウル聯合ニュースの英文の社説「Japan Squirms Out of Responsibility Yet Again(またもや責任逃れをする日本)」や、本日発売の週刊文春(2015年7月16日号)の記事「韓国”裏切り”の『世界遺産』全内幕(PDF)」でも読まれたら彼らの対外工作の一面が理解できるだろう。

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岸田外相「強制労働を意味するものでない」 財産請求権で韓国にクギ刺したが・・・ (2015.7.6 産経新聞)

倍晋三首相は5日夜、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録が決まったことを受け、「心からうれしく思う。海外の科学技術と自国の伝統の技を融合し、産業化を成し遂げた姿は世界でも稀有(けう)で、人類共通の遺産としてふさわしい」とのコメントを発表した。

岸田文雄外相も5日夜、外務省内で記者団に「遺産群の果たした世界的な役割が広く世界に知られる契機になることを期待する」と述べた。

日本政府は5日の委員会発言で、韓国側がこだわった「強制労働」に関し「forced to work(働かされた)」との表現を使用。
岸田氏はこの表現について「『強制労働』を意味するものでない」と説明した。

さらに、財産請求権の問題は完全に解決済みとする従来の日本政府の立場に変わりがないことを強調した。
外務省筋によると、日本政府は、委員会での日本側の発言を裁判で使わないという確約を韓国政府に何度も確認したという。
外務省関係者は「韓国内に(遺産の説明における強制労働の明記を主張する)いろいろな世論がある。ボンの現場での確認とともに、ハイレベル(閣僚級)でも確認した」と審議を1日先送りした背景を説明している。

このため、岸田氏は記者団に「今回の日本政府の発言を日韓間の財産請求権において(韓国政府が)利用する意図はないと理解している」と述べ、韓国政府に冷静な対応を続けるようクギを刺した。

ただ、韓国の趙兌烈外務第2次官は委員会で「今日の決定は(徴用の)被害者の苦痛を記憶に残し、歴史の傷を癒やすための重要な一歩だ」と発言した。
さらに、記者団に対して「日本政府が朝鮮半島出身者の労働に強制性があったと認めた。

交渉で合意した結果なので満足して受け入れる」と強調している。
岸田氏は「韓国側の発言も事前に調整を行ったので問題ない」としているが、韓国政府の対応次第で再び日韓間の溝が広がる可能性は否定できない。

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韓国高官「強制労働の解釈は英文が原文」=世界遺産 (2015.7.6 ソウル聯合ニュース)

【ソウル聯合ニュース】 戦時中に朝鮮人が強制労働させられた施設が含まれる「明治日本の産業革命遺産」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産登録が決まったものの、強制労働をめぐる韓日両国の解釈に食い違いがあるとの指摘が出ていることについて、韓国青瓦台(大統領府)の朱鉄基(チュ・チョルギ)外交安保首席秘書官は6日、記者団に対し、「英文テキストが原文」だと強調した。

また、「日本国内で国内解釈したことをわれわれがあれこれ言う必要ない」として、「われわれは英文解釈を重要視し、それに沿ってこれから解決していかなければならない」との考えを示した。

日本が情報センターの設立など、約束した措置を取らなかった場合、強制する方法がないという指摘については「国際社会で約束したのだから行うだろう」とした上で、「われわれは世界遺産委員会の委員国であることに加え、様々なことが作用して委員国が合意した内容であるため、日本もしっかりと行うだろうと期待する」と話した。

さらに、「今回、日本の産業施設のユネスコ文化遺産登録問題と関連し、最後まで緊張を緩めず、集中的な外交努力を通じ、所期の成果を上げることができた」と評価。

その上で、「今回の事例を通じて得た教訓は、どれほど難しい課題でも原則を守り、信頼に基づいた対話を通じて異見を調整し、所期の解決案を作り出すことができたという点」と説明した。

同問題をめぐり韓日間で協議が行われたことが、韓日首脳会談開催の環境づくりに役立つかについては、「役に立たないとは言わないが、さらに努力を続けなければならない」と指摘。

「本質的な問題、われわれがもどかしく思う問題があるため、そのような問題をさらに熱心に解いていかなければならない」と話し、旧日本軍による慰安婦問題の解決を求めた。

日本の佐藤地ユネスコ政府代表部大使は5日、ドイツ・ボンで開かれた世界遺産委員会での英語演説で、朝鮮人の強制労働の歴史について、「against their will and forced to work」などと発言した。

これに対し、韓国政府は非公式の翻訳文(韓国語)を通じ、「本人の意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で強制され労役した」と解釈した。
また、岸田文雄外相は登録決定後、東京都内で「強制労働を意味するものではない」と説明した。

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