2019年3月2日、私はバンコク在住の友人が日本に一時帰国するのに合わせて行われた神戸オフ会に参加した。
そして、その翌日に連れて行ってもらった海外移住と文化の交流センターの展示室で、私は時を忘れて立ち尽くしていた。
そこには、1世紀ほど前の日本が貧しかった頃に、南米への移住に賭けた人たちのことが掲載されていたからだ。
日本とアルゼンチンに見る経済大国への歴史と没落の過程の奇妙な一致
しかしながら、わずか半世紀余りで、双方の国の豊かさが逆転してしまう。
第二次世界大戦後の日本は世界が目を見張るほどの奇跡的な成長を遂げ、一方で、往時は豊かだった南米諸国、特にアルゼンチンは没落した。
今の南米には、往時の豊かさを享受していた当時の面影はほとんどないと言う。
20世紀前半に豊かだったアルゼンチンがなぜ没落したかについては、私がかつて読んだ本の中に、第二次世界大戦後に無能な政治家が続いたためということが書かれていたような気がする。
そういった意味では、平成時代に誕生した歴代の内閣の閣僚たちは優秀だったのか、無能だったのか、自分なりに検証するといいだろう。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。
20世紀前半に経済大国だったアルゼンチンと、20世紀後半に経済大国になった日本、その日本が21世紀後半には、かつてのアルゼンチンのように没落するのではないかと言われている。(2014年10月13日 現代ビジネス-2050年、日本は先進国でなくなっている!?「経済成長不要論」の行き着く先)
私が時事系のコラムを始めたばかりのとき、衝撃を受けた記事が、フィナンシャルタイムズに掲載されたRisky tango in Tokyo(日本語訳付)だった。
英語が苦手なんて言っている場合ではなかった。必死で訳した結果をウェブサイトで公開して、自分の人生の糧にしたことが今でも思い出される。
私は、展示館の中で時を忘れて、往時の歴史に見入っていた。
遠くで笑い声がする。一緒に来た友人たちのことを忘れていた。
このときのことを書くのに、単なる旅行記事で終わりにするのはもったいなかった。
そして、今日、この場で書かせていただたいた。
長文になるが、しばらくお付き合い願えれば幸いである。
フリーターの活用など滑稽千万、外国人を受け入れよ!
バブル崩壊から平成時代の30年間を経て、日本はついに外国人受け入れ政策の大転換を行った。
第197回国会(臨時会)で成立した「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」により、今年の4月1日から、日本でも公式に、単純外国人労働者の受け入れが行われるようになったのだ。
2019年6月6日付のロイターの記事「外国人労働者50万人増へ、深刻化する人手不足 政府の背中押す」では、政府は、農業、介護、建設、宿泊、造船の5業種で、2025年頃までに50万人超の受け入れを見込んでいるとある。
ところで、この外国人労働者の受け入れと並行して、厚生労働省は「2040年を展望した社会保障・働き方改革」の一環で、就職氷河期世代活躍支援プランを策上しているが、優先すべきなのは、彼らのような日本人労働者の支援策の方だと誰もが思うだろう。
しかしながら、2006年7月24日号の日経ビジネスの記事「奥田碩が日本を斬る『アジアの盟主?品格も力量もないよ』」で、当時の経団連会長であった奥田碩氏(トヨタ自動車会長)は、「労働者不足解消のためにフリーターの活用など滑稽千万、女性、高齢者とか頭数だけいればいいわけではない。」と述べ、「外国人が隣家にいて嫌だとか言っている場合ではない。」として、外国人労働者の早期受け入れを主張していた。
ちなみに、彼の発言は、取り立てて異常なものではなく、当時の日本企業の採用戦略としては一般的なものだったと、城繁幸氏は自著「7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想」の中で紹介している。
当時の奥田碩経団連会長の意向がどの程度政策に反映されたかわからないが、結果的に、日本政府の雇用政策は、日本人フリーター(就職氷河期世代)の救済よりも、外国人の受け入れが優先されることになったわけだ。
その結果、平成時代の日本は、様々な控除の撤廃という実質増税策があったにもかかわらず、国庫ベースにおける個人の所得税収は下がり続けた。(財務省-税収に関する資料)
その上、社会保険料収入も毎年の負担増にもかかわらず、総収入は横ばいが続いていると説明されている。(2014年7月18日 厚生労働省 第103回市町村職員を対象とするセミナー「社会保障と税の一体改革について」-国の財政事情・社会保障と税の一体改革 分割版資料2)
一方で、受け入れた外国人のケア、特に生活上の問題が起きたときに、受け入れ先の企業が金を直接出すことはほとんどない。
地域住民の税金や労力の提供(ときには無償で)によって賄われるのである。
「外国人が隣家にいて嫌だとか言っている場合ではない。」と言った経済人が、その外国人の世話をするわけではない。
酷い場合は、外国人を入れろと言った経済人らが引退した後で、「近隣が騒々しい、役所は何をやってるんだ!」と文句を言ってくるのである。
日本が受け入れるのは一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人のはずだが
さて、2018年10月12日に開催された外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議に提出された政策の背景には、「中小・小規模事業者をはじめとした人手不足は深刻化しており、我が国の経済・社会基盤の持続可能性を阻害する可能性が生じているため、現行の専門的・技術的分野における外国人材の受入れ制度を拡充し、一定の専門性・技能を有する外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する必要がある。真に受入れが必要と認められる人手不足の分野に着目し、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を受け入れるための新たな在留資格を創設する。」と書かれている。
つまり、受入れ対象分野として明示されているように、「人材を確保することが困難な状況にあるため,外国人により不足する人材の確保を図るべき産業上の分野」、要するに、人手不足が深刻な会社の労働者として、外国人を生かそうということなのだが、彼らは、そんな日本政府や経済界の思惑通り応じてくれるものだろうか。
そもそも、中小・小規模事業者をはじめとした人手不足に対応するなら、まずは、日本人の賃金を上げるべきだと思うのは私だけなのだろうか。
それとも、賃上げしても日本人が来ないから、専門性を持った外国人を高給で雇いたいということなのだろうか。
日本商工会議所は時給千円未満の仕事にマッチングする人材を望むのか
ここに一つの面白い記事がある。
2019年5月28日付で日本商工会議所の三村明夫会頭が政府に出した「最低賃金に関する緊急要望および最低賃金引上げの影響に関する調査結果について」というものだ。
現在の全国加重平均874円が政府目標の1,000円になると約15%の大幅な引上げになることから、これまで商工会議所は最低賃金について政府目標ありきではなく、あくまで中小企業の経営実態を重視した審議を行うべきであると主張してきた。
したがって、足元の景況感や経済情勢、中小企業の経営実態を考慮することなく、政府が3%を更に上回る引上げ目標を新たに設定することには強く反対する。
特定技能外国人の大都市圏への偏在を防ぐための措置に関して、政府は全国一律の特定最低賃金の設定や地域別最低賃金の全国一元化など最低賃金制度を用いるべきではなく、地方における登録支援機関の設置促進に向けた取り組み、更には地方の中小企業とわが国での就労を希望する外国人材とのマッチング機会の提供等を実施していくべきである。
これに対して、2019年5月29日付のキャリコネニュースでは「日商『最低賃金1000円は無理』にネット大反発 『1000円も払えないなら廃業しろ』『年収200万出せない企業が存在するのがおかしい』」という記事を配信している。
ただ、特定技能雇用契約及び一号特定技能外国人支援計画の基準等を定める省令 (平成31年法務省令第5号)には、「特定技能雇用契約の内容の基準(第1条)」という項目があり、「外国人に対する報酬の額が日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上であること。(第3号)」が明記されている。(参考:新たな外国人材受入れ(在留資格「特定技能」の創設等)-外国人材の受入れ制度に係る Q&A 25)
穿った見方をすれば、日本商工会議所の政府要請文に隠された本音は、受け入れる外国人に対する賃金を日本人並みにしなければいけないのなら、日本人の賃金も上げるべきではないということなのだ。
小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン(David Atkinson)氏が、東洋経済に寄稿しているように、「人手不足は『労働条件が酷い』会社の泣き言だ-移民受け入れの前に『賃上げ』を断行せよ」(2019年1月18日付)というのは、私も正論であると思うが、そうでなく、日本商工会議所の提言を政府が受け入れれば、令和時代も暗黒の平成時代の労働史を引きずることになるのではないかと懸念している。
低賃金の改善なしに外国人労働者を地方に留まらせる努力は無駄に終わる
日本商工会議所の三村明夫会頭は、政府に対し、地方の中小企業とわが国での就労を希望する外国人材とのマッチング機会の提供等を実施せよと要望しているが、日本に来る外国人労働者は、時間当たり賃金として1,000円も出さない仕事に就いてくれるのだろうか。
2018年11月18日付の日経新聞には「技能実習生の失踪動機 『低賃金』67% 法務省調査 -月給『10万円以下』が過半」というものが掲載されており、在留資格は違えど、待遇が悪ければ逃げ出すのは当然だろう。
こういう実態に対して、どの程度改善がされたかわからないが、経営者自身が社員の待遇を改善できるような事業展開をすることなしに、「特定技能外国人が大都市圏その他の特定の地域に過度に集中して就労することとならないようにする」(出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律 附則第2条)とお題目を唱えても、実効ある政策を行うことはできないだろう。
まして、転職が原則としてできない技能実習生(実習を実施する日本側の企業等との雇用契約が結ばれていることが前提のため)と違って、特定技能の在留資格でやってくる外国人は転職ができるのだからなおさらである。
私が思うに、2019年3月16日付の西日本新聞の記事「就職活動の若者、なぜ出て行くの? 地場と大都市 格差に衝撃」で掲載されていた地方企業の採用担当者の嘆きが、外国人労働者の受け入れで解消するとは全く思えない。
前出のデービッド・アトキンソン(David Atkinson)氏は、「高品質・低価格という『犯罪』が日本を滅ぼす-『労働者の地獄を放置するな』」(2018年3月9日付)とも書いている。
日本人労働者の類稀れな使命感や責任感の強さに甘えた経営や組織運営が、至るところで綻びが出始めた平成時代末期、それを外国人労働者にまで求めるのは大きな間違いとしか言いようがない。(2019年2月7日 お前ら、社畜で人生楽しいか?-バイトがSNSで動画上げて炎上するのが労働環境への対抗と思える件)
それに、「日本の労働環境、20-40時間のサービス残業付、過労死さえも by Wikipedia英語版」という状況を放置したままにして、外国人に日本に働きに来てくださいというのは虫が良すぎないか。
水上駅で垣間見た地方都市の単純外国人労働者の実態
2018年7月31日、私は「青春18きっぷで行く上越の旅」の途上、ラフティングを終えて、群馬県にあるJR水上駅から前橋駅へ戻るところだった。
このときの旅行記をここで再掲したい。
「YOUは何しに日本へ?」というテレビ番組があるが、私は水上駅から乗った電車の中でそう言いたくなるようなシチュエーションに遭遇した。
水上駅でタブレット端末片手に駅員に何やら尋ねるアジア人女性、こんな光景は今や珍しくもなんともないが、私はヒマなこともあって、彼女がどんなことを聞いているのか興味がてら近づいて行った。もっとも、駅員が困っているようなら助けてあげようという親切心があったのも事実だ。(笑)
そこで、駅員が片言英語でアジア人女性に説明しているのを聞いていると、彼女はここから中之条というところに行くらしく、駅員が渋川で電車を乗り換えろと言っている。
どうやら問題は解決したらしいので、私も興味を失って、高崎行きの電車に乗り込んだ。ところが、私が乗った高崎行きの電車が出発するというアナウンスが流れても、彼女は駅に張り出された時刻表と睨めっこしたまま、電車に乗ってくる気配はない。
これが、高崎から東京に向かう電車なら気にもしないが、水上発高崎行きという1時間に1本しかないローカル線を乗り過ごしたら目的地にいつ着くかわかったものではない。私は親切心を起こして、乗らないのかとジェスチャーしたら、彼女は「大丈夫?」と日本語で聞いてきた。
大丈夫も何もこれしか選択肢がないのだから、私は「大丈夫」と答えた。ここから先が大変だった。
私は彼女の荷物を見て、旅行者でないと判断した。
出稼ぎかなと思って、日本語で話しかけると反応がない。「大丈夫」という日本語しかわからなくても私は驚かない。
アジアのマッサージ屋では「大丈夫」と挨拶しか日本語ができない人も少なくないからだ。
私だって、タイ語でマイペンライ(大丈夫)とサワディーカップ(こんにちは)くらいは言える。次に英語で話しかけると、こっちはもっと反応がない。
彼女は「中之条」しか言わないし、渋川で乗り換えろと英語で言っても理解できない。
近くの席に座っていた地元のカップルが、中国語を見せたらわかるかなーと言うので、彼らにやってもらったが、首を横に振るだけだ。どこの国から来たんだと英語で聞いてもダメ、地元男性が国旗を見せて、彼女が指差したのはカンボジア、公用語はクメール語だ。
私の持っているカンボジアのイメージは、観光業に携わる人は英語を話し、米ドルの取引に慣れているが、それ以外の人は全く外国語は通じないというものだ。
ただ、観光でカンボジアに行って、全く会話にならない人と関わる機会などほとんどないだろう。
しかし、目の前にいる女性は、全く会話にならないカンボジア人なのだ。脳裏に浮かんだのは企業実習生だ。
中之条周辺の温泉街で働いていて、休暇が取れたので遊びに来たが、帰れなくなった。
あるいは、高崎に遊びに行って、そこから中之条へ帰ろうとして、渋川で乗り換えができずに水上まで来た。吾妻線の時刻表を調べてみたら中之条から高崎へは乗り換えなしで行けるが、逆は必ずしも真ならずだからだ。
でも、そんな難しいことを聞き出せるレベルではなかった。私に協力してカンボジア人女子と奮闘してくれた地元カップルは沼田で下車し、一人で取り残された私は検札に回っている車掌に事情を話し、身体障害者並みの手配を渋川でしてもらうことにした。
渋川駅のスタッフに中之条方面へ向かう電車まで連れて行ってもらうしか方法がなかった。
私の申し出を快く理解してくれた車掌は、彼女を手招きすると、最後部の車両へ連れて行った。
そして、私の乗った電車が渋川駅に着いた時、最後部の車両付近のホームに駅員が2人立っているのが見えた。これでたぶん大丈夫だろうと思ったと同時に、これから彼女のような英語すらできない出稼ぎ労働者が日本には増えるのだろうかと、複雑な思いが私の頭をよぎった。
鳥居万友美さんのブログで令和時代の日本を垣間見た
私は、このコラムの冒頭で、日本とアルゼンチンの国力が第二次世界大戦前と戦後の数十年間で逆転してしまったことに触れた。
しかしながら、歴史の残酷さはこれに留まらない。
日本が昭和時代の成功体験に溺れ、平成の30年間、ほとんど成長がなかったことで、歴史の歯車は逆回転をし始めている。
2019年4月1日、菅官房長官が「新時代の元号は令和」と発表して、日本中が新時代への期待に胸を躍らせていたとき、私は、時折拝見しているFX投資家の鳥居万友美さんのブログ、「ニセコでウルトラ富裕層体験♪」という記事を読み進めていて、自分の顔がこわばるのがわかった。
冬は宿泊客の95%が外国人で、半分がオーストラリア人、次いでアジア系で香港の方が多いそうです。
香港資本のホテルも増えているようですが、ここを外国人に占領されるのはもったいないと思ってしまいました。ここでは、日本人はお掃除や雑用をこなす立場。
ウルトラ富裕層体験を楽しみつつも、ニセコの外国化にすこし切なさを感じました。
鳥居万友美さんは自分も富裕滞在客の一員として、無邪気にコラムを書いたことだろう。
しかしながら、私は、オーストラリア人が所有するニセコのラグジュアリーヴィラで働く日本人のことを読んで、記憶が一気に6年前のゴールデンウイークに立ち寄ったロサンゼルスへフラッシュバックした。
日本人は英語ができないから外国へ行っても低賃金労働しか職がないのよ。フィリピン人はすぐにでも接客の仕事とかあるけどね。
日本で食えなくなる世代はこれからどうなるのよ。トイレ掃除に窓拭き、今は日本人がお客だけど、あと10数年後は逆転するのかも。
今となっては、なぜ、Miyako Hotel Los Angelesの土産物屋の女性スタッフが私にこんな話をしたのかも思い出せない。
しかし、ニセコのラグジュアリーヴィラで働く日本人の姿は、6年前にロサンゼルスで予言されたことが現実化していることを示している。
奇しくも、令和時代に突入して直後に、ダークネスの著者である鈴木傾城氏は「日本には移民1000万人が入り込み、賃金は24.24%も確実に減少していく 」というコラムを書いている。
果たして令和時代の日本人はこれでも幸せになれるのであろうか。
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