別の目で見た尼崎脱線事故

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この事故の第一報は、4月25日午前9時20分ごろ、尼崎市のJR福知山線塚口-尼崎間の第一新横枕踏切(警報機、遮断機付き)手前約100メートルで、宝塚発同志社前行き上り7両編成の快速電車が脱線した、というものだった。

この続報に関してはいろいろなメディアが出しているし、運転士を始めとする社員を取巻く異常とも思える職場環境も明るみに出ている。

最近では、JR西日本の社員が事故当日に宴会していたとか、ボーリングしていたとか、瑣末なことを取り上げて「こんなことでいいのか~」レベルの吊るし上げ報道に私はウンザリしている。

一連の報道から推測して、今後の再発防止に繋がるかどうかと言えば、私はまた別のところで、「こんなことでいいのか~」レベルの事件が起こると思う。
それは私の職場という可能性もあるのだ。

なぜか、ということを論じるために、私は一般メディアが注目しない記事に焦点を当てて書いてみたいと思う。

まず最初は事故を起こした快速電車に乗務していた松下正俊車掌(42)(高見隆二郎運転士(23)は死亡)に関するものだ。

私は決してJR西日本の体質を擁護するつもりはないが、彼らを含めてJR西日本の社員がたるんでいるとか、過密ダイヤがいけないとか、利益優先がいけないとか非難だけしても問題は解決しないと思うのだ。

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「おれの電車、脱線してもうた」-車掌、妻に (2005.4.30 神戸新聞)

「おれの電車が脱線してもうたんや」。
尼崎市のJR福知山線の脱線事故で、事故を起こした快速電車に乗務していた車掌(42)は事故直後、携帯電話を通じて、悲しげな声で妻(38)に伝えた。

「けがは?」「腰を打った程度や」。「いつごろ帰れるの?」「もう一本、桜島線に乗らなあかんから」。
それだけのやりとりで電話は切れた。

それ以後、夫は帰宅していない。
警察の事情聴取もあるのだろう。
それからは携帯電話のやりとりが二回ほど。
「警察の言うことをきちんと聞いて。ちゃんとしいや」と励ますと、涙声で「うん」。

伊丹駅でのオーバーランを高見隆二郎運転士(23)=死亡=と短く口裏合わせしたことについて「何でそんなことしたん」と疑問をぶつけると、「厳しいやん。高見君が処分を受けてしまう」。
高見運転士とは、かつて天王寺車掌区で同じ車掌として働いた仲。
昨年五月、京橋電車区で運転士と車掌として乗務するようになったのも「何かの縁」と感じていた。
「言わんといてくれ」。そう頼まれたら、断れない。「なれ合い」があった。

それにしても、妻から見ても、夫の勤務は過酷だった。
天王寺車掌区とは違って、運行区域は拡大した上、神戸、大阪、京都の大都市圏を縫う過密なダイヤ。
比較にならない乗降客と駅の多さで夫の神経はくたくただった。
帰宅しても、すぐ横になり寝息を立てることが増えた。

上司から課される厳しい切符の売り上げノルマ。
JR西日本を取り巻く経営環境が厳しいのは分かっている。
それでも京橋に移ってからは、夫はずいぶん息苦しそうだ。
「組合を通じて何か言うても聞き流すだけ。会社は冷たい」とこぼすのも聞いた。

百人以上の犠牲者を出した脱線事故。
安全神話を誇る日本の鉄道会社としてはあってはならないことだ。
自分の夫はその電車に車掌として乗務していた…。
一人一人の犠牲者におわびしなければならない気持ちは痛いほど感じている。

「事故は絶対に起こしたらあかん。ゼロや」が口癖だった夫。
「責任はかぶらなあかん」。そう思っているに違いない。
でも、大事なあの人がその重みに耐えることができるのか。自殺でもしたら…。
「気落とさんと、頑張りや」。夫への携帯電話で努めて明るく振る舞った。
「分かった」。夫はそう答えるだけだった。
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この記事を読んで何を思っただろう。
ほとんど人は関係ないと思うだろうが、記事の中ほどの部分を読んで、私は川人博弁護士(過労死弁護団全国連絡会議の事務局長)の書いた「過労死社会と日本」という本を思い出すのだ。

「比較にならない乗降客と駅の多さで夫の神経はくたくただった。帰宅しても、すぐ横になり寝息を立てることが増えた。」
はっきり言って、いつ突然死してもおかしくない状況とは言えないか。

日本の場合、過労死が問題になる前から、休養を罪悪視し、その結果、「疲れてるというのはお前がたるんでるからだ!気合を入れないか!」というバカが大量生産されてきた。

今では、それが利益を生まないと言って机上の空論で最小限にされることも数多く、「お前だけでなく、みんな同じような状態なんだ。」と日本人の大好きな「皆さん」教徒の自虐的発想が幅を利かせている。

疲れが嵩じてくると、突然頭が白くなって、「オレ何やってたんだろう!」という経験のある人は少なくないはずだ。
事故はそういうときに限って起こったりするものだ。

要するに、新聞で事件当事者が言う「頭がぼ~っとしてわけがわからなくなった」というやつだ。(もちろん凡ミスを隠すための嘘である可能性も否定しないが)

そういうとき、「疲れは理由にはならない!」と責め立てるバカがいるが、私に言わせれば「疲労の蓄積がミスの一番の原因」なのだ。
そう言うと、バカがますます居丈高になって吼えるから誰も正直に言わないし、問題の解決もされないのだ。

要は、机上の空論だけで人減らしが横行しているのが諸悪の根源なのだ。
それに最近のデフレ不況で恐ろしいばかりに軽視されてるのが、精神的、肉体的な負担のかかる仕事はそれなりの報酬を必要とするという当たり前のことだ。

例えば「パイロットの給与が世間の常識とかけ離れている」と言ったバカがいるが、私に言わせれば「そうでなければ誰もパイロットになんかならない」し、仮にマクドナルドのアルバイトと同じ給与で雇われるパイロットがいたとしたら、彼らの操縦する飛行機になんぞ乗りたいとも思わない。

その代表がAir Asia(AK)という航空会社だ。
私は友人からこれを紹介されたとき、どうやってパイロットの給与が捻出されてるのか、機体のメンテンスはどうしてるのか、考えただけでも恐ろしく未だに乗れないのだ。

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事故招いた深刻な運転士不足 - かつての人気職種も最近は敬遠されて (2005.4.27 日刊ゲンダイ)

JR福知山線の脱線事故で改めて明らかになったのは、電車運転士のなり手が不足している現状だ。
2000年4月入社の高見隆二郎運転士(23)は、運転士になった直後に100メートルのオーバーランをして、2週間近くも再教育を受けている。

それ以前にも、居眠り疑惑などで厳重注意や訓告処分を受けているが、運転席から追放されることはなかった。
「昔から運転士は駅員に比べて待遇が良く、人気面も上でした。
ところが最近は、『命に関わるから責任が重い』と嫌われるようになっています。

なり手が少なくなっている上に、今後は団塊の世代が大量に退職するから、鉄道各社にとって運転士の確保は至上命題。

JR西日本も、若い運転士の採用を増やしています」(事情通)
ハードな勤務形態も運転士が敬遠される理由になっている。

高見運転士は、事故前日の午後11時まで運転して宿泊所で睡眠、翌25日の午前6時48分から乗務している。
3日前も泊まり番だった。

「乗務員としては、昔からある一般的な勤務形態」(交通評論家・角本良平氏)というが、ダイヤの過密化で運転士のストレスは増しているから大変だろう。

こうした業界にこそ、「ゆとり教育」ならぬ「ゆとり運転」を導入してもらわないと、おちおち電車にも乗れない。
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マイケル・ムーア(Michael Moore)の書いた「アホでマヌケなアメリカ白人(Stupid White Men)」という本が数年前に流行ったと思う。

その中で彼も言っている。
「(アメリカン航空がパイロットに生活保護課へ行くなという通知を出したのを聞いて)俺は飛行機に乗りたくなくなった。人間の動物的な生存本能ってやつがこう言うのさ-タコベル(Taco Bell)のバイトのガキより安い給料の奴が運転する機械で、空なんざ飛んでいられるか。(I did not want to get on that plane. You see, there’s something about us humans and our basic animal instincts for survival – and one of these instincts, probably traceable back to the caveman days, is: Never, ever let someone fly you up in the air who’s making less than the kid at Taco Bell.)」

何を言いたいか。
要するに、ハイストレスな運転士の待遇がローストレスの事務職(人事管理部門など)や役に立たない管理職より低ければ、ますます運転士になりたいという人は減るということだ。

給与はJR西日本の財務の悪化と株価(9021)の下落でますます出せなくなる可能性が高いからよけいだ。
それに少子高齢化で、優秀な人の取り合いが激化し、それに輪をかけて外国人も入れないとなれば、これからは、質の劣る社員が大量に生まれる可能性があるのだ。

これはどこの会社でも起こりうることで、優秀な人ほど日系企業を見限る可能性すら否定できないのだ。
そもそもJR自体が、歴代の政治屋やそれに巣食うダニ共がこしらえた赤字を押し付けられ、無理やり収益を出せと言われていることが諸悪の根源なのだ。
それに加担したマスコミや国土交通省が今更何様のつもりで吼えるのかと言いたい。

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惨事の背景に遅れ嫌う社会 (2005.5.1 朝日新聞投稿欄)

JR宝塚線の脱線事故で107人もの犠牲者が出てしましました。
亡くなった方々やご遺族のことを思うと胸が痛みます。

原因や責任はJR西日本にありそうです。
JRは再発防止や被害者への補償を迫られるでしょう。

でも、背景には時刻表通りの運行を求め、遅れを嫌う社会の要請があるのではないかと思われてなりません。

僕は電車で10分ほどの予備校に通っています。
電車はダイヤ通りに走るものとあてにしています。
通勤・通学客は誰も同じでしょう。
正確さに頼るあまり、数分でも遅れたら不快な気分になったり苦情を訴えたりしませんか。

JR西日本をかばっているのではありません。
ただ正確さを求める利用客の要望に応えるのは、企業として当然とも言えます。

ニュースを見聞きして、「2、3分の遅れより安全を大切にしろ」というコメントが気がかりです。
その通りですが、コメントの主は日頃からそう考え、行動しているのでしょうか。

安全にためなら数分の遅れは仕方ないと利用客が本気になって意識を変えない限り、第二の惨事が起きる可能性の一つは消えない。
そう思えてなりません。(千葉市稲毛区 19才 受験生)
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マスコミのレポーターやコメンテーターより、この19歳の学生の方が相当に賢い。
最後のコメントはまさにその通りである。
1~2分の遅れで、居丈高に駅員をなじる人たち、それを謝る鉄道会社のスタッフ、世界の常識からは考えられない「時間のパラノイア(偏執狂/paranoia)」の戯言を、上層部やマスコミが取り上げるのをやめない限り、悲劇はまた起こると言えるだろう。

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90秒遅れ、欧米では「時間通り」-日本では定刻が常識 (2005.5.2 朝日新聞)

JR脱線事故での「90秒の遅れ」に海外の鉄道関係者が関心を寄せている。
欧米では、この程度の遅れは「時間通り」と見られている。

感覚の違いには国民性や文化の差もありそうだ。
事故を起こした快速電車は、オーバーランで伊丹駅出発が約1分30秒遅れ、制限速度時速70キロのカーブに100キロ以上で入ったことが判明している。

米紙ニューヨーク・タイムズ(4月27日付)は「原因には時間への強迫観念?(In Japan Crash, Time Obsession May Be Culprit)(日本語訳付)」との記事を1面に載せ、「世界中どこでも、90秒遅れはおそらく定刻通りとみなされるだろう」と指摘した。

ニューヨーク市交通局(New York Metropolitan Transportation Authority)が列車の遅れと認めるのは「最終駅到着が5分遅れた」ときだ。

原因不明の遅れがあれば運転士から事情を聴く。
「スケジュールを本来のものに戻すためで、処罰が目的ではない。
でも、速度制限違反は罰する」と広報担当のディアドレ・パーカーさん。
「列車の遅れとは3分以上のこと。90秒程度では客から苦情を受けたこともない」

ベルリンで通勤電車を運行する独エスバーン・ベルリン社(S-Bahn Berlin GmbH)の広報担当バルデン・マーティンさんはそう話す。
ドイツではどれだけ遅れたのかではなく、遅れの原因を問題にするという。

「我々も定時運行を大切にしているが、秒単位は現実的に考えにくい」
英国の大手鉄道会社バージン・トレインズ(Virgin Trains)は「短距離の列車では、ラッシュアワーで4分を超えたら『遅れ』とみなす」という。

鉄道大国フランスも、90秒を遅れとは考えない。
仏国鉄(SNCF)によると、1988年の列車衝突事故後に自動制御システムを導入。
遅れを取り戻すために上げることのできる速度の許容範囲もシステムが制御している。
広報担当者は「許容範囲を超さないと取り戻せない遅れは、放っておくしかない」と話した。

イタリアで列車の遅れは日常的だ。
オーバーランも多く、ホームの外れに止まった列車に乗客が走り寄る光景も珍しくない。
鉄道会社トレンイタリア(Trenitalia)は「5分から15分程度の遅れは乗客も認めていると思う」と言う。
イタリア最大の労組イタリア労働総同盟のフランコ・ナッソ交通労組書記長は「『遅刻はなるべくしないようにする』くらいの認識でいいのでは」と話す。

海外との受け止め方の違いについて、鉄道評論家の川島令三さんは「遅れに文句を言う客が日本では多い。海外はあきらめているところが多いが、日本ではきちんと来るのが当たり前という感覚だ」と語る。

日本では戦前から鉄道の正確性が国民の常識となっており、JR西日本に限らずどの鉄道会社も精密にダイヤを作る。
川島さんによると、通勤線区では30秒程度の遅れなら調整できるが、90秒の遅れは「日本では大きい」。

交通評論家の角本良平さんは、鉄道に限らず正確さを求める日本の国民性の背景には、人口密度の高さがあるとみる。
「運行の精密さが安全の前提であり、時間の正確さの上に安全が成り立っている」という。
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