それゆけオフ会 IN 横浜~remember バンコクオフ

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さくら水産 横浜日本大通り店

去る4月21日、「目指せML発足20周年、それゆけオフ会 IN 蒲田」以来、4年ぶりにそれゆけ個人旅同好会のオフ会が、横浜(日本大通り)にあるさくら水産で開催された。
インド在住のKAYさんご夫妻が来日したのを機に、あきらさんが企画してくれたのだ。

さくら水産 横浜日本大通り店

メンバーは、KAYさんご夫妻のほか、投資家のg-san、11年ぶりにお会いするDymasさん、ちえげんきさん、幹事をやってくれたあきらさんに私の7人でスタート、途中から合流したKOJI Takeさんも登場、7時から始まった宴会は最高潮を迎えた。

ただ、唯一、参加予定だった東組の宴会部長の俊哉さんが来れなかったことは残念だった。

さくら水産 横浜日本大通り店

私にとっては「それゆけオフ会50回参加の歴史」を刻んだグループ、前回のオフ会が開催されたのは平成時代の終わりも近づいた2019年4月26日、それ以来、私の身にもいろいろなことがあった。

2019年12月10日の負傷事故に起因する4か月もの入院生活、そこから奇跡的に立ち直ったかと思ったら、2021年6月25日の「悪夢の難病宣告~急速進行性糸球体腎炎」によって、一気に透析人生へと突入した。

そこから奇跡の復活を遂げる可能性のあったウルトラCが海外腎移植だったのだが、それも「NPO難病患者支援の会理事長逮捕で完全に頓挫した海外腎移植の目論見」となって今日に至るのだ。

さくら水産 横浜日本大通り店

さて、この日の話題の一つは、それゆけオフ会随一の海外開催の会合、「2005年9月18日のそれゆけバンコクオフ」だった。

このときの私は、10日余りに及ぶシンガポール・マレーシア・タイ旅行の途上、シンガポールでKAYさんとお会いした後、マレー鉄道の寝台列車でクアラルンプール入り、その後、空路でボルネオ島(コタキナバル)に飛ぶと、海や山で自然を堪能、そして、ゲンティン・ハイランド(Genting Highlands)のカジノで遊ぶと、バンコク入りして、オフ会三昧という日程だった。

ちなみに、ゲンティン・ハイランドで私が泊まったファースト・ワールド・ホテル(First World Hotel)には、バンコクオフでご一緒した投資家のg-sanも同じ日に泊まっていたらしいのだが、一度も現地でお会いすることはなかった。

彼が今回のオフ会で熱心に語っていたのは、チャットGPTのこと、これは、2022年11月に公開されたツールで、高度なAI技術によって、人間のように自然な会話ができるAIチャットサービスと解説されている。
う~ん、私も言葉は知っていたが、さっそく実際に使っている人とお話できる機会が巡ってくるとは・・・

そう言えば、バンコクオフのときのレポートを幹事のあきらさんも寄稿していたっけ。
興味のある方は「『それゆけ』バンコクオフ/リポート」へGO!

それにしても、バンコクオフの思い出は強烈だったな。
弊サイトからラストのところだけ再現してみよう。

Classic Boys Club

Classic Boys Club

最後はS木会長極秘指令を忠実に履行すべくメンバー全員が決死隊となってやらなければならないことがあった。
それはパッポン通り(Patpong Street)の近くにあるソイ・トワイライト(Soi Twilight)の左右に並ぶボーイズバーに潜入することであった。

メンバーの全員が拒絶反応を起こしている中で、工作員さんが客引きとの交渉を重ね、ある一軒の店へと私たちを招き入れる。
誰もが黙って店へと入っていき、席に座った瞬間に目の前に広がるボーイズたちの姿、白いタンクトップに白のブリーフを付けて踊る彼らは私たちのことをどう思ったのだろうか。

ゲイというのは同じ趣向を持つ人から見れば一発でわかると言うが、そういった意味では私たちが単なる冷やかしであることは百も承知だっただろう。
冷やかしで来るところではない、と言いたげな視線を送ってくる者、無表情なまま仕事と割り切って踊り続ける者、冷やかしとわかっていても一抹の期待を抱いて色目を使ってくる者、右横を見ると本物のゲイの白人がボーイズを口説いている。

ボーイズバーだというのに1人も女性が客として存在しない空間は摩訶不思議なものだった。
30分ほどいただろうか、メンバーの誰もが精神的な疲労は限界に達しようとしていた。
「出ましょうか」と工作員さんが小声で言う。
誰もがその言葉を言い出せず、誰かが言い出すのを待っていたかのように立ち上がり、そして、店を出た。

King's Castle II

King’s Castle II

そしてオオラス、口直し(!?)とばかりに私たちはKing’s Castle Ⅱへ行く。
ここは有名なゴーゴーバーである。

白いタンクトップと白いブリーフのボーイズを見たあとで、白いビキニの女性を見るのはことさら新鮮であった。
ここで心を癒された(!?)私たちの頭の中からは、数十分前に体験したボーイズの残像が綺麗になくなっていたことだろう。

ちなみに、今回の会合で話題になったことの一つに、それゆけ個人旅同好会っていうのを英語で何と説明するかというのがあった。

合っているか怪しいが、バンコクオフのときの英語版の旅行記「Travel to Singapore, Malaysia and Thailand」には、The traveling circle “Soreyuke (Let’s go)” という訳を付けている。
これでKAYさんの旦那さんに通じるかな~(笑)

とりあえず、次回のオフ会まで皆様お元気で・・・
私が一番危なそうなんだけど・・・
それにしても、私たちが交流で使っているメーリングリストという言葉にも歴史を感じるよな。

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