香港の国家安全法を巡る共同通信誤報説に見る日本のヤバさ

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外国人ビジネスマン

2020年6月7日付で共同通信が配信した「日本、中国批判声明に参加拒否 香港安全法巡り、欧米は失望も」が、菅義偉官房長官まで巻き込んで物議を醸している。

6月8日付のヤフーニュース(女性自身)では「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」と報じられているからだ。

共同通信の記事のどこが誤報なのか

この記事が問題となっている「日本、中国批判声明に参加拒否 香港安全法巡り、欧米は失望も」の全文だ。
私が黄色の背景色を付した部分が、共同通信の捏造(フェイク/fake)だと酷評されている。

ところが、この報道を受けた何社かの新聞社は記事を削除したものの、大元の共同通信は消していないし、修正もしていない。
居直っているのだろうか。

【ワシントン共同】香港への国家安全法制の導入を巡り、中国を厳しく批判する米国や英国などの共同声明に日本政府も参加を打診されたが、拒否していたことが6日分かった。複数の関係国当局者が明らかにした。中国と関係改善を目指す日本側は欧米諸国に追随しないことで配慮を示したが、米国など関係国の間では日本の対応に失望の声が出ている

新型コロナの感染拡大などで当面見合わせとなった中国の習近平国家主席の国賓訪日実現に向け、中国を過度に刺激するのを回避する狙いがあるとみられる。ただ香港を巡り欧米各国が中国との対立を深める中、日本の決断は欧米諸国との亀裂を生む恐れがある。

一部の自民党議員や、保守系の論客は、「共同が~」と鼻息が荒い。
まして、片山さつき参議院議員が「外務次官に直接確認した」と言ったのだから、これ以上に正確なことはないと考えるのが普通だ。

ヤフーニュース(女性自身)の記事によれば、彼女はこうツイートしたと言う。

たった今(秋葉剛男)外務次官と話しましたが、G7で香港問題につき中国大使を呼んで抗議したのは日本だけ! 外相も官房長官も明確に発言! その声明には独仏も参加しておらず、突然言われても、というだけの話だそう。

これを読んだ保守系のブロガーなどは、「エビデンス(共同フェイク説の証拠)が取れた~」と鼻息荒く書き込んでいた。

彼らが共同通信を批判するのはいい。
それでは日本政府は、香港に導入された国家安全法(China’s national security law)に関連して、中国に対して何を言ったかというのがない。

私は、「日本政府が中韓両国に抗議したとか言われても、所詮遺憾だ~としか言ってないでしょう。それを日本政府は猛抗議と呼ぶ。」としか思っていないのだ。

米国CNBCが伝えた参加国の声明と日本政府の姿勢

頭を抱えるビジネスマン

ところで、日本政府の代表者が外国政府に何かを言ったというときに、間に入った通訳(外交官)が正確なニュアンスで外国語訳したのか、それを相手(外国人)がどう取ったのか、巡り巡って、英語など国際共通語で交わされる会話を、通信社の記者がどう取った(報道された)のか、それが最も大きな問題かと思うのだが、違うのだろうか。

ここで、ヤフーニュース(女性自身)の記事「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」の書き出しは

香港での反政府活動をより強く取り締まれるようにする「国家安全法制」の導入を巡り、中国を厳しく批判する共同声明を米国、英国、オーストラリア、カナダの4カ国が5月28日に発表した。

共同通信の報道によると、じつは日本政府もこの共同声明への参加を打診されていたにも関わらず、参加を拒否したという。

そこで、米国のCNBCでは、日本政府の態度がどう報じられているのか調べてみた。
2020年5月29日付の記事「World leaders react to China’s controversial national security bill in Hong Kong(香港で物議を醸している中国の国家安全法案に対する世界の指導者の反応)」という仰々しい題名だ。

In a joint statement, the four countries (U.S., United Kingdom, Australia, Canada) expressed their “deep concern” regarding Beijing’s proposed law.

共同声明の中で、4か国(米国、英国、オーストラリア、カナダ)は、中国が提案している法律に関して「深刻な懸念」を表明した。

つまり、CNBCがフェイクニュースを垂れ流していなければ、4か国が共同声明を発表したのは事実のようなので、これに日本が誘われたのかということだが、外務次官が否定しているのだから、片山さつき議員らは、共同通信が捏造したんだ~と言うのだろう。

ところが、この記事には、米英など4か国以外にも、ドイツと台湾と日本が入っている。

この中で、ドイツと台湾は明確に香港を支持する声明を発表している。
外国では、これが大切だ。
I think ***. Because ***(私は***と思う。なぜならば***)というのを表明することが、非常に重要だからだ。
私が20年前に習った英会話のレッスンでも中級クラスは口を酸っぱくして言われた。

ドイツ・ハイコ・マース(Heiko Mass)外相:「Hong Kong’s autonomy must not be undermined.(香港の自治が蔑ろにされることがあってはならない。)」
台湾・蔡英文(Tsai Ing-Wen)総統:「Taiwan stands with the people of Hong Kong.(台湾は香港の人たちを支持する。)」

彼女だけは顔写真付きで紹介されている。
米国が台湾とコミットメントして良かったというのがにじみ出ている。
今年の3月に米国で成立した「台湾同盟国際保護強化イニシアチブ法(Taiwan Allies International Protection and Enhancement Initiative)」がますます強化されるに違いない。

最後がわが日本だ。
私もここの声明は気になったので、全文を和訳してみた。

Even before the bill was passed, Japan’s foreign ministry issued a statement saying: “Japan is seriously concerned” about China’s decision toward Hong Kong.

この法案(国家安全法案)が通過する前でさえ、日本の茂木敏充外相は、香港に対する中国政府の決定に関して、「日本は深く憂慮している」との声明を出していた。

“Hong Kong is an extremely important partner for Japan with which Japan maintains close economic ties and people-to-people exchanges,” the ministry said. “It is the long-standing policy of Japan to attach great importance to upholding a free and open system which Hong Kong has been enjoying and the democratic and stable development of Hong Kong under the ‘One Country Two System’ framework.”

茂木敏充外相はまた、「香港は日本にとって非常に重要なパートナーであり、日本との間で緊密な経済的結びつきと人的交流が維持されている」と述べた。
「香港が享受している自由で開かれた制度と、『一国二制度』の枠組みの下での香港の民主的かつ安定した発展を維持することを非常に重視することは、日本の長年の政策だ。」

The statement added that Japan has conveyed such views to China and “will continue to carefully observe developments surrounding Hong Kong.”

声明はさらに、日本はそのような見解を中国に伝え、「香港を取り巻く動向を注意深く観察し続けるつもりだ。」と付け加えた。

いつもの日本外交節で終わっていると私は思った。
つまり、観察する(見守る)というのは、故宮本政於氏の著書「お役所の掟」に書かれている、日本の官僚用語では自分では何もしないということだ。

最後に、皆さんにお尋ねしたいが、CNBCが報じた日本のステートメントで、何か心に響くものがあるだろうか。

結局、誰も間違ってはいない・・・

日本地図とビジネスマン

日本の役人は形式にこだわる

これは私の想像でしかない。

普通に考えれば、ドイツ、台湾、日本の3か国は、米英など4か国から「私たちと一緒に声明を出したい国があればどうかな?」などと言われている可能性は十分にあるだろう。

ただ、彼らも「深刻な懸念」レベルで、全会一致の声明をそれほど欲してなく、ドイツや台湾も、米英など4か国との共同声明には参加しないで(拒否して)、独自路線を行ったというのが真実なのではないか。

ところが、共同通信の記者は、「米英など4か国から、一緒にどうかなと言われているのに、日本は尻込みして」という気持ちが「打診されたのに拒否」になり、当の外交官たちは、公式に打診されたわけでもないから、同意も拒否もないとなっただけではないだろうか。

言われるうちが花~失望は前提に期待があってこそ

私は、これが日本人(政府でなく、国民一人一人)にとって、最も深刻な問題だと思っている。

1990年代、日本が輝いていた頃は、外国では多くの人がG7の一員たる日本が何かをやってくれることを期待した。
そのアテが外れても、1990年代にマレーシアに君臨したマハティール元首相のように、叱咤激励してくれたりもした。

ところが、日本は平成時代の30年間、世界に影響力を持つことを何もしてこなかった。
今や、軍事、外交といった面は元より、世界経済に対する影響力といった面でも、日本がイニシアチブを発揮することなど、ほとんど誰も期待していないだろう。

最初から期待されていなければ、失望は生じない。

ヤフーニュース(女性自身)の記事「中国批判声明に参加拒否 共同通信に誤報の声も…菅長官否定せず」の最後の一節は、

共同声明への参加の打診について否定しなかった菅官房長官。(2020年6月8日の定例記者会見
共同通信の報道で唯一否定をしたのが、関係国から「日本の対応に失望の声が出ている」という部分だけだが、「失望の声」がまだ届いていない可能性もあり、共同通信の報道を“フェイク”と断ずるには相当の飛躍が必要になりそうだ。

で締められている。

米国CNBCの報道が正しければ、日本政府の声明に失望しない方がどうかしている
中国共産党の施策を支持すると言えば、民主主義陣営は失望するだろうが、もしかすると、独裁国家群は強烈なラブコールを送ってくれるだろう。

しかしながら、日本はどちらにもいい顔をしたいばかりに、毒にも薬にもならないような、どうでもいいコメントしか発しなかったのだ。
つまり、旗幟を鮮明にしない、どっち付かずの煮え切らない態度を取り続ける日本に対し、ああ~またかという声はあったと思うが、外国政府の高官が、日本政府の高官に面と向かって苦言を呈する時期は、平成の30年間の中でとっくに過ぎたのだ。

日本には「言われるうちが花」という言葉がある。
つまり、体たらくなコメントしか出せない日本に対し、失望したという声が公式に聞こえてくる状況の方が、何もないよりマシだとは言えないか。

自民党議員(政権与党)に媚びる外務官僚のヤバさ

驚く外国人男性

前出した片山さつき参議院議員のツイートを再掲しよう。

たった今(秋葉剛男)外務次官と話しましたが、G7で香港問題につき中国大使を呼んで抗議したのは日本だけ! 外相も官房長官も明確に発言! その声明には独仏も参加しておらず、突然言われても、というだけの話だそう。

外務次官は「日本だけが中国大使を呼んで抗議した」と彼女に言ったらしい。
勇ましいよね。

それでは、CNBCではそれがどう報じられているか。

Japan’s foreign ministry issued a statement saying: “Japan is seriously concerned” about China’s decision toward Hong Kong.

日本の外務省は、香港に対する中国政府の決定に関して、「日本は深く憂慮している」との声明を出していた。

中国大使を呼んで抗議というのが、真実ならば、CNBCにもそう語ればいいと思わないか。

こちらは、ヤフーニュース(女性自身)の記事だ。

6月8日の定例記者会見で、菅義偉官房長官(71)は、「共同声明への参加の打診があったのか、拒否をしたのか」と事実関係を問われ、こう答えた。

「我が国は関係国にさきがけて、直ちに私および外務大臣から『深い憂慮』を表明するとともに、秋葉外務次官が孔鉉佑駐日中国大使を招致し、こうした我が国の立場を直接明確に申し入れを行っています」(2020年5月28日 朝日新聞-香港の「国家安全法制」 日本が中国に「深い憂慮」

対外的な発信が、公式には、深い憂慮の表明が、片山さつき議員に対しては、中国大使を呼んで抗議となったのは、まさにダブルスタンダードだろう。
(安倍政権の批判者に言わせれば、フェイクと言うのだろうか。笑)
菅義偉官房長官の発言は、CNBCの報道と全く同じことを言っているからだ。

ちなみに、日本の政治家が、対外政策に関して、有権者向けの演説では勇ましいことを言うことがある。
ところが、それが外国語訳されて、報じられると、途端にトーンが落ちていることがある。
それは、主として政治家の有権者向けリップサービスなのか、外務官僚(通訳)の対外忖度(高度な意訳)のせいなのか、いずれにしろダブルスタンダードなのだ。

最後に

日本のメディアが、特に対中、対韓政策では、国益を損なうような報道をしているのは事実だ。
中には、保守派のブロガーから朝(鮮)日(報)と揶揄される日刊紙もあるくらいだから何を言わんかである。

しかしながら、上述したように、日本の為政者が、対外政策に関して、有権者向けに言うことと、外国向けに言っているニュアンスが違っていることも多いことは知っておいた方がいいだろう。

また、国際関連の記事では、英語メディアで詳報されていることが、日本語メディアでは省かれていることも多い。
おそらく、CNBCの日本関連の記事で、茂木敏充外相の発言は、朝日新聞が報じた記事の英訳という感じだが、「香港を取り巻く動向を注意深く観察し続けるつもりだ。」という最後の一節があるかないかで印象が全然違ってくるだろう。

今回のことは、共同通信の記者に悪意がなければ、それらに翻弄された感じもある。
保守派ブロガーにとっては、格好の標的ができたと言うべきか。(笑)
結局のところ、私にとっては、香港のヤバさよりも日本のヤバさを感じた事件だった。

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