プレイバック1998年、私の英会話学習事始め

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St. Luke's Hospital
私が英会話を本格的にやろうと思ったきっかけは、今から20年ほど前に遡る。
1998年10月に慶應義塾外国語学校(現在の慶應外語)の英会話科に入学したときだ。

そうしようと思った直接のきっかけは、1997年12月から翌月にかけて行ったタイ・香港・マカオ旅行の途上、バンコクのタイ人日本語ガイドの言葉に加え、香港で買った英字新聞と、帰国後に読んだ日本の新聞の記事の落差に驚愕して、英語を本格的にやろうと決意したからだ。

ただ、私の場合は、仕事で英語を使うことは滅多になく、また、今のように日本の観光地に外国人が溢れていたわけでもなかったので、自分で外国へ行かない限り、英語を使う機会はなかった。

さて、この外国語学校の英会話科は、入学するときにクラス分けテストがあって、私は基礎コースからのスタートだったが、このときのテキストは、海外旅行で使うシーンがメインだった。
それは、私にとって非常に実用的だったし、若かったこともあるが、英語の上達も早かったように思う。
当時は、海外に行くのは、1年に1回か2回のペースだったが、何しろ個人旅行ばかりだったので、イヤでも実践が伴ったからだ。

そして、その機会は早くも訪れた。
1999年3月に行ったタイ・ミャンマー・ラオス旅行では、現地の英語ツアー参加や、警察への盗難届出などで、英語漬けとなった。

ちなみに、私は、このときのカメラの盗難をきっかけにデジタルカメラに買い替えた。
このときの旅行記の締めの言葉は、「少なくともIT(Information Technology)+英語(English)を使えることが21世紀の世界で豊かになる条件の1つであると私は信じて疑わない。」だった。

そして、クライマックスは、1999年9月、チュニジア・マルタ旅行の途上、私はマルタの街中で救急搬送され、入院生活を余儀なくされたときだ。
私はこのときに、パソコン(IT)と英会話を始めていたことを神に感謝した。
そうでなければ、私は、今こうして生きているか、わからなかったからだ。

その後、私は3年にわたって英会話をやり続けたが、その勢いでウェブサイトを立ち上げて(2001年12月4日)、英語のページを並行して作成、2003年12月には自力でHSBC香港の口座開設をするまでに至った。
あのときのまま学習を継続していれば、今頃は流暢に話せたかもしれないが、まあ、海外旅行に困らないくらいで終えてしまったのが私の限界だったか。(笑)

とりあえず、私はかつて「可愛い子には京都でアルバイトをさせよ(2017年12月8日)」とか、「京都の観光地は外国人でいっぱい、英語を話すチャンスでは?(2018年5月27日)」といったコラムを書いたが、自分自身の体験談をここに披露することにした。
これからの時代、英語の苦手意識を払拭するだけでも人生は変わると思うので、自分の気に入った方法でやるといいと思う。

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