憲法違反のサービス残業、不払い賃金は民法の不当利得返還請求で取り戻せるか

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驚く外国人男性

去る10月4日、NHKの記者だった佐戸未和(さど みわ)さんが2013年7月に過労死していたことが報じられた。(2017年10月4日 日経新聞-NHK女性記者に労災認定 過労死、残業159時間

電通の女性社員の過労自殺に続いて、こちらも欧米のみならずアジアの英字メディアで大々的に報じられている。

例えば、アメリカのCNNでは、2017年10月5日付で、Japanese reporter died after clocking 159 hours of overtime(日本人記者、159時間の残業により死亡)と掲載されたのに続き、10月6日付のシンガポールのストレート・タイムズ(The Straits Times)では、Japan’s public broadcaster NHK apologises over death of young reporter who logged 159 hours of overtime(日本の公共放送局であるNHK、159時間の残業を記録した若い記者の死に対し繰り返し謝罪)と報じられた。

健康社会学者の河合薫氏は、今日付の日経ビジネスの記事「えっ、NHKは自社の過労死は沈黙したのか!」の中で、「いったい何人の命を奪えば、この国の人たちは「過労死・過労自殺」と正面から向き合い、この“異常”を異常なこととして受け止めるのか。」と書いているが、日本では組織全体で仕事が増えても、社員を増やすことによって健全な運営するより、例え違法労働(サービス残業など)であっても、1人1人の社員を酷使した方が経営者にとって直接的な利益があるため、一向にその傾向が止むことがない。

事実、NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏の著書「日本の『労働』はなぜ違法がまかり通るのか?」には「労基法は道路交通法と同じくらい守られていない」「適法にやるより違法のほうが得」「労働力も『商品』となる市場社会」といった見出しでコラムが書かれている。

要は、会社側にしてみれば、スピード違反をしても捕まらなければ構わないというメンタリティで、社員に違法労働(サービス残業など)をさせているところが多いように思う。

さらに「労働力も『商品』となる市場社会」というのは、残酷に言えば、会社にとって労働者は商品であり、その人が過酷労働で死んだとしても、経営者としては、別の労働力商品を購入すればよいだけであると、今野氏は述べている。

ところで、労働基準法第36条第1項が会社が従業員に対し、時間外労働(残業)をさせられる根拠規定なのだが(36協定)、労働基準法第36条第2項にある「時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)」によれば、原則として、1か月の残業の上限は45時間、1年間を通して360時間である。

また、届出済の36協定書は、会社が労働者に対し、就業規則などと共に周知する義務がある。(労働基準法第106条第1項)

いったいどのくらいの企業がこれを遵守しているのだろうか。
この規制を罰則付きで守らせようというのが、働き方改革実行計画(2017年3月28日働き方改革実現会議決定)の「時間外労働の上限規制等に関する労使合意」に盛り込まれたものの一つだった。

長時間労働が常態化している会社では、36協定の上限を超えた分は残業申請をさせないようにしてみたり、最初から時間外労働の割増賃金を払わないなどのことが行われているのが実情ではないか。

まして、最近では国家公務員や教員に加え、働くママの最後の砦であった地方公務員でさえ、税収減を背景にサービス残業が横行しているという。(2016年2月8日 キャリコネニュース-公務員よ、お前もか!「残業時間を課長が書き換え」にネット落胆 その一方で「どこの市町村でもやってるでしょ」と諦めの声も 2016年9月10日 脱社畜ブログ-「教員は勉強を教えるだけの職業」でいいんじゃないの? 2016年10月17日 日刊SPA-国家公務員は「サービス残業」に上限なし!? 非正規も正規もブラックな実態 2017年9月11日 東洋経済-中学教師の何とも過酷で報われない労働現場

さて、このサービス残業、私に言わせれば、単なる労働搾取か違法就労でしかないのだが(2016年11月5日 キャリコネニュース-サービス残業?ただの賃金不払いだろ! ネットでは「無賃残業」や「実質0円残業」と呼ぶべきとの声)、それを会社に払わせようとすると大変な労力を要するものだ。

おまけに、本当であれば団結してそういう不当行為に立ち向かわなければならない社員同士が足を引っ張りあったりすることも多いようだ。(2017年3月23日 お前ら、社畜で人生楽しいか?-不当と戦わない人間が搾取される側なのは当然。妬む対象を間違えるな!

仮に、会社が社員に不払い賃金を請求されて素直に払うくらいなら、最初から時間外手当(賃金)を払うわけだから、当人からすれば、労働基準監督署に是正勧告を出してもらうか(厚生労働省-監督指導による賃金不払残業の是正結果)、民事訴訟で勝たない限り、泣き寝入りということになる。

そして、通常、これらは労働基準法に基づいて行われるわけだが、会社側にしてみれば、労働基準法違反事件というのは、交通違反のキップを切られた程度の痛みしか感じないから、社員を過労死させても通り一辺倒の謝罪すれば終わり、後は何の改善もされない可能性が高いということになる。(2017年10月6日 時事ドットコムニュース-電通に有罪、罰金50万円=過労自殺「看過できない」-違法残業事件・東京簡裁

そこで、下手すれば過労死を招きかねないサービス残業に対する不払い賃金を請求する際は、そういった会社に一罰百戒の意味を込めて、民法に基づいてやればいいと思う。

私が思うに、労働基準法に基づく賃金の請求時効は、サービス残業の不払い賃金を想定しているのではなく、会社側の過失(計算ミスなど)によって社員が受取り損ねた賃金の請求を想定しているはずだ。

会社がサービス残業を命じた場合の不払い賃金を請求する根拠条文は、民法第703条(不当利得の返還義務)と第704条(悪意の受益者の返還義務等)になるのだが、おそらく、この2つの条文を根拠に戦えるだろう。

そうなれば請求時効は2年でなく10年だし、サービス残業が常態化していれば、会社に悪意があるのだから、利息を付けてもらえるばかりでなく、損害賠償を請求することもできる。

そもそもサービス残業は、不法行為なのだから、民法第709条(不法行為による損害賠償)と、第710条(財産以外の損害の賠償)が該当するのは言うまでもない。

社員が精神疾患になったり、過労死させられたり、そういう裏にはサービス残業の常態化が必ずあると思う。

民法に基づいてサービス残業代を請求した例としては、「『とんかつ和幸』元社員、未払い残業代を求め提訴(2010年1月21日 My News Japan)」(不当利得返還等請求事件 2010年1月9日横浜地方裁判所川崎支部に提訴 原告:皆本吉彦氏 被告:和幸商事株式会社 平成22年(ワ)第18号 2010年7月21日和解/民事事件記録の閲覧謄写の申請/和解調書の保存期間は30年)ぐらいしか見つからないようだが、もはや日本の経済すら蝕むガンの退治には大ナタを振るう必要があるだろう。

なお、表題にある「憲法違反のサービス残業・・・」と書いたのは理由がある。
安倍首相が衆議院を解散して総選挙が本日公示されたのだが、自民党の公約に憲法改正があるので(2017年10月2日 日経新聞-自民党公約の要旨)、現行憲法をあらためて見直してみることにした。(自民党日本国憲法改正草案

第18条に「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」というのがあるが、サービス残業は、報酬や対価を伴わず、明白に苦役、つまり刑務所の労働に等しいのだから憲法に違反していると思わないか。

どなたか、サービス残業させられた方は、裁判所に憲法判断を仰いでみるのも面白いかもしれない。

そして、私とは選挙区が全く違うが、「長時間労働が家族も経済も壊す(2012年11月24日)」というブログを書いた愛知県第14区選出の自民党前衆議院議員・今枝宗一郎氏が今回の総選挙でも立候補されている。

彼は、議員立法である過労死等防止対策推進法にも関与されていて、こういった方を地道に応援して行くことが有権者として必要なことではなかろうか。

それと、例えば、サービス残業(無賃金労働)の命令者を、刑法第223条(強要罪)で処罰できるようにすることや、過重労働が原因で過労死や精神疾患に至らしめた場合は、未必の故意による傷害罪(刑法第204条)や傷害致死罪(刑法第205条)を適用できるように、国会議員や厚生労働省の「国民の皆様の声」に働きかけていくことも必要だろう。

これらは日本の国民が健康で文化的な最低限度の生活を営めるようにするための責務と言ってもいい。(2016年9月17日 お前ら、社畜で人生楽しいか?-ブラック企業で働く奴も社会から見れば両方害悪!自分で首を締めてる件

これに加え、私がかつて書いた「マクロ経済も老後の生活も悲惨にする日本の労働環境(2015年4月11日)」や、「サービス残業という名の強制労働(forced to work)は下流老人への直行便(2015年11月2日)」をお読みいただければ、日本の労働環境における最重点課題が長時間労働の撲滅であることがお分かりいただけるだろう。

仮に、本業収入が自分の満足のいくものでなかったにしろ、自由時間さえ十分に確保できれば稼ぐ方法はいくらでも見つかるのだ。
それを本業で残業して生活費を賄おうと考える人が後を絶たないから、「残業規制で所得8.5兆円減、生産性向上が不可欠 大和総研試算(2017年8月28日 日経新聞)」といったバカげた議論が政府の中で跳梁跋扈する。

いい加減に各自が考え方を改めないと、日本はじり貧のまま「失われた50年」などと歴史書に書かれるときがやってくるだろう。

最後になるが、Atusi氏のブログ「お前ら、社畜で人生楽しいか?」から「定時退社を目指せ!残業を避ける実際に使って効果ありな6つの方法!(2016年9月8日)」と、「有給休暇を取得する!全ての会社で使えるたった1つの最強の理由!(2017年1月23日)」を紹介しよう。

また、2017年4月21日付のキャリコネニュースでは「勤務先ブラック企業にFAX・メールで改善要求を送れるアプリが登場 『該当管轄省庁に報告する』の一文で企業に圧力」ということでブラゼロというアプリが紹介されていた。

それと、厚生労働省でも「長時間労働削減に向けた取組」の一環として、労働基準関係法令違反に係る公表事案(いわゆるブラック企業リスト)が公表されているが、どの程度効果があるのだろうか。

今日のコラムは、あまりにも日本の労働環境が酷いのでアドバイスの意味で書かせていただいた。
過重労働で苦しむサラリーマン諸氏にとって参考になれば幸いである。

日本国憲法
第三章(国民の権利及び義務)
第18条
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
労働基準法
第36条(時間外及び休日の労働)
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。
厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり、当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
行政官庁は、第二項の基準に関し、第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる。
第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
第106条(法令等の周知義務)
使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、第18条第2項、第24条第1項ただし書、第32条の2第1項、第32条の3、第32条の4第1項、第32条の5第1項、第34条第2項ただし書、第36条第1項、第38条の2第2項、第38条の3第1項並びに第39条第5項及び第6項ただし書に規定する協定並びに第38条の4第1項及び第5項に規定する決議を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない。
使用者は、この法律及びこの法律に基いて発する命令のうち、寄宿舎に関する規定及び寄宿舎規則を、寄宿舎の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によって、寄宿舎に寄宿する労働者に周知させなければならない。
第165条(時効)
この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
民法
第一編(総則)-第七章(時効)-第三節(消滅時効)
第167条(債権等の消滅時効)
債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
第三編(債権)-第四章(不当利得)
第703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
第704条(悪意の受益者の返還義務等)
悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。
第三編(債権)-第五章(不法行為)
第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
第710条(財産以外の損害の賠償)
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

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