カスタマーハラスメントは窮屈な「べからず社会」のストレスの捌け口

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第108回ILO総会

引用:国際労働機関(ILO: International Labour Organization)

2019年6月21日に、国際労働機関(ILO: International Labour Organization)の総会で、「暴力・ハラスメント条約(The Violence and Harassment Convention)」が採択された。

仕事における(at work)と定義されたこの条約が発効すれば、労働者は理不尽な暴力や嫌がらせから保護されることが期待できる。
この条約が採択された背景には、世界的にも、職場における数多くのイジメや嫌がらせがあるのだろう。

ところが、この条約に関して、経団連が棄権したことが様々な憶測を生んでいる。

暴力・ハラスメント条約の採択を棄権した経団連

苦悩する女性

日本は数あるILO条約のうち、労働時間に関するものは一つも批准していないし(2017年1月30日 弁護士ドットコムニュース-日本、労働時間に関する「ILO条約」批准ゼロ・・・労働問題の「遅れている国」なのか?)、八つある基本労働条約のうち、批准していないものが二つもあるという。(2015年1月14日 東京新聞-ILO基本条約と日本 二つが未批准、問われる姿勢

(日本政府)代表として出席した厚生労働省の麻田千穂子国際労働交渉官は「世界共通の目的のために初の国際労働基準ができることは、とても重要だ」と賛成した理由を述べた。

投票結果は賛成439票、反対7票、棄権30票だった。
関係者によると、日本の使用者側を代表して出席した経団連は、条約の投票を棄権した。

その元凶が政府にあるのではなく、6月22日付の東京新聞の記事のようなストーリーが常にあるなら、経団連が癌と言っても過言ではないだろう。
今までも日本政府には、条約を批准するようにILOから勧告されているが、頑なに拒否を貫き通した政府の姿勢のウラに、経団連の意思があるかもしれないからだ。

日本の経営者の多くがオーナー社長であった時代はともかく、休暇も取らずに、職場で我慢を重ねてきただけの高齢サラリーマン社長だらけでは、時代の流れに合わせた発想の転換というものができないのだろう。(2019年5月21日 時事通信-女性に振られた経団連=副会長打診も「拒絶」 2019年2月18日 ビジネスジャーナル-平均67歳の副会長たち(起業家ゼロ)が率いる「経団連」に主導される“日本経済の限界”
もはや残念としか言いようがない現実が、私たちの未来を徹底的に阻んでいる。

顧客のクレームの原因は、すべてサービスの提供側にあるのか

第108回ILO総会

今回採択された条約は、暴力やハラスメントに関して、使用者と従業員以外の第三者が関連する場合もあることを認めている。(It also recognizes that violence and harassment may involve third parties.)
これによって、日本で問題になっているカスタマーハラスメントの問題についても、解決に向けて踏み出せればいいのだが、その道は果てしなく遠そうだ。

精神疾患の原因ともなるカスタマーハラスメント

2019年6月25日付の日経ビジネスの記事に「キレる中高年に従業員が潰される!増えるカスハラ問題」というのがある。

エス・ピー・ネッワークという調査会社が行った「カスタマーハラスメント実態調査(2019年)」によれば、カスタマーハラスメント(不当要求、悪質クレーム)顧客対応によるストレス増加は約9割、約8割が業務に影響がある「仕事意欲への低下」を感じ、約7割は体調不良リスクがあると回答。さらに約5割が休職、約6割に退職の危険性があることが指摘されている。

そして、カスハラ(カスタマーハラスメント)も暴言指導(パワーハラスメント)同様に、長時間労働、多くは無賃労働(サービス残業)の元凶となり得る。
これで精神的に参った社員が、休暇を取れないばかりに、その疲れを癒すこともできずに、精神疾患になる人も多い。

下手すれば、被害社員は再起不能、場合によっては、過労死や過労自殺、それを禁止するための国際条約の採択に、経団連が棄権(実質的に反対と同義)したということは、21世紀の日本社会に横たわる問題を解決しようという姿勢が全く感じられない。

お客様は高圧的、「カスハラ」広がる(2019.6.13 朝日新聞

客が過度のクレームなどの迷惑行為で、対応する従業員を心身ともに追い詰める「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が広がっている。スイスで10日から開かれている国際労働機関(ILO)の総会では、客や取引先などからのハラスメントも対象に新しい条約の議論が進む。「お客様は神様」は変わるのか。

■怒鳴られ「怖い」

大阪府内のハンバーガーチェーン店で働く20代の女性は、常連の中年男性の振る舞いを「カスハラ」と考えている。聞き取れないほどの早口で注文をし、まごつくと「聞き取れよ」「おちょくってんのか」と怒鳴り散らす。「本当に怖いです」と女性は言う。

カスハラが注目されたきっかけは、流通や小売りなどの労組を束ねる日本最大の産業別労組「UAゼンセン」が2017~2018年、組合員を対象に2回にわたって実施したアンケートだった。回答した約8万人のうち7割が、「客から迷惑行為を受けた」と答えた。

回答を分析した関西大の池内裕美(ひろみ)教授は「迷惑行為が近年増えているという回答が4割以上あった。状況は深刻だ」と話す。

高圧的な客が目立つようになったのはなぜか。

「消費者の立場を強める施策の流れが背景にある」と池内教授は言う。1995年の製造物責任法の施行、2004年の消費者保護基本法の改正、2009年の消費者庁の発足など消費者保護の環境が近年、急速に整った。企業のコンプライアンス(法令や社会規範の順守)が重視され、「お客様相談窓口」を置く企業も増えた。こうした状況を逆手にとり、過剰に権利を振りかざす人が増えたとみる。

SNSの普及など、メディア環境の変化による影響もあるという。消費者がクレームを訴える場が増え、拡散も容易だ。

■ごく普通の人が

大阪府警の元警察官で、企業にクレーム対応を指南するコンサルティング会社「エンゴシステム」代表の援川(えんかわ)聡さんは、理不尽な要求をする客層の広がりを実感している。「以前はもっぱら反社会勢力がクレーマーだった。最近はごく普通の人が客の立場を利用して不満を解消しているようにみえる」

いつまでも低所得から抜け出せない、家族に相手にされず孤独な老後を送っている……。対峙(たいじ)した数々のクレーマーに援川さんは、やり場のない不満の影をみる。「ささいなことで怒りのスイッチが入り、反論できない従業員にぶつけている」

援川さんは、まずは相手の言い分を聞き、反論したい気持ちをこらえて不快な思いをさせたことについて謝る▽そのうえで妥協点を探る▽相手が納得しなければ対応する時間を区切り、それ以上の要求はきぜんと断る――といった対処法を助言している。

■防止義務対象外

UAゼンセンは昨夏、従業員の保護を企業に義務づける法整備を政府に求め、厚生労働省の審議会で議論があった。ただ、職場でのパワハラ防止策を企業に義務づける法改正は5月に実現したものの、カスハラは対象から外れた。経営者側が「客の要求に応じないと、事業はうまくいかない」などと反対したためだ。

ILO総会では職場でのあらゆるハラスメントを禁止する条約を21日までに採択する見通しだが、国内法の整備で日本は立ち遅れ、整合性などから条約への賛否を明らかにしていない。(土屋亮)

顧客の正当な要求と悪質クレームの線引きはできないのか

この「UAゼンセンは昨夏、従業員の保護を企業に義務づける法整備を政府に求め、厚生労働省の審議会で議論・・・」というのは、2018年9月25日の「労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)」に始まる「パワーハラスメント防止対策等について」の議事録の中で「迷惑行為」「クレーム」や「顧客」で検索すれば、どのような話し合いがされたかわかるだろう。

カスタマーハラスメント(顧客による著しい迷惑行為)について、2018年10月17日の分科会で労使双方からいろいろな意見が出されたものの、11月6日の分科会では、以下のような議論がされ、12月7日の分科会で、厚生労働省の岡雇用機会均等課長が、措置義務の対象とはしない(法制化しない)と明言した。

山﨑髙明委員(UAゼンセン常任中央執行委員)

これらの取組例から見て、加害者や被害者の範囲に第三者を入れることは、同じ社内のハラスメント対策と何ら違いはないのではないかと考えているところです。そして、これも何度か話をしておりますが、ILO条約案にも第三者が加害者や被害者の範囲に入っていますので、諸外国でできて日本ではできない理由はないのではないかと考えております。

布山祐子委員(日本経済団体連合会労働法制本部上席主幹)

今、山﨑委員からご紹介頂いた好事例の部分については、一般顧客をお持ちの企業に取組を直接伺っているとよく出る話ですので、承知をしています。 しかし、それは企業として顧客の悪質なクレームについての対応であって、これをハラスメントというように取っているかどうかは多分議論が必要です。これは前回も意見を発言させていただいたかもしれませんが、類似する部分もありますが、やはり異なる部分もあり、今回、この職場のパワーハラスメントの対応としてこの部分を入れるかどうかは、慎重な議論が必要ではないかと思っています。

カスタマーハラスメントを一企業の対応の問題とした経団連の布山祐子委員は、10月17日の分科会で以下のように発言していた。

いわゆる著しい迷惑行為のどこまでが許容範囲かどうかというのは別にして、もともと、例えば顧客のリクエストに応じないとか対応が悪いというところから派生しているとしたら、そこの部分はなかなか難しいのではないかと思っています。

そうすると、著しい迷惑行為をパワーハラスメントの範疇に入れるかどうかというのは非常に難しくなるのではないかと思います。この辺が本当に整理できるかどうかということだと思います。

この発言を受けた日本商工会議所産業政策第二部副部長の杉崎友則委員は、「その原因が企業側に由来していることが多いといった発言もございました。したがいまして、こういったことを考慮いたしますと、この顧客からの迷惑行為については、職場のパワーハラスメントとは別で考えるのが適当かと考えております。」と述べた。

彼らは、カスタマーハラスメントの原因が、設定価格を超えた過大なサービスの要求や、瑣末なミスに対する長時間のクレームといった、拷問のようなことにあることを全く理解していないようだ。
議事録を読む限り、UAゼンセンの山﨑髙明委員は、必死に使用者側委員の説得に努めたようだが、あまりにも頑なな財界出身委員の前になす術がなかったように思えた。

そして、2019年3月8日に国会に提出され、5月28日に成立した「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」の中には、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント防止に対する事業主や労働者の努力義務(努めなければならない)が盛り込まれただけだった。

中学校から退職まで続く拘束(校則)社会

日本地図とビジネスマン

前述の日経ビジネスの記事に出てくるタクシードライバーは「特にね、理不尽なこと言うのは年配の男性に多いんです。命令口調でね。」と言う。
かつては、駅員に殴りかかるのも中高年男性が多く、それが暴行罪(当たり前)になると周知されて、ようやく増加に歯止めがかかった。(2014年8月3日 J-Cast ニュース-駅員への暴力「60代以上」がトップ 結果にネットでは「納得」の声

パワーハラスメントやカスタマーハラスメントをする人の心の中にあるのは「オレはお前らを指導してやっている」という上から目線の行為に過ぎない。
だから、それらによって、相手がどれだけ傷つくかもわからないのだろう。

日本を覆う「べからず」の三訓

彼らが突然切れるのは、経済(金)だけが幸せの指標だった日本において、それすらも失われたことが大きいように思う。

高度成長期以降の日本は、中学校以降の拘束(校則)社会が、延々と退職するまで続く「べからず」社会だ。
就職試験もそれに順応できるかどうかが基準なので、基本的に新卒しか入社できないところが多かった。
順応できない人は「不良」と呼ばれた。中学校の時に不良と呼ばれた生徒や、新卒で入社できない人は、会社社会で順応できない可能性が高いとみなされた。

「遅れるべからず」「休むべからず」「上に文句を言うべからず」

このような抑圧社会で長時間労働をさせられていれば、どこかで精神的に壊れるだろう。
しかも、人生におけるレールは単線で、逃げ場がないように思える。
英語が苦手になるような教育方針も、外国の実情を知られないようにするため、日本から労働者を外国へ逃がさないための政策としか思えない。

拘束(校則)社会の中で、何人かは精神を病み、再起不能となり、残りの人は健全なフリをして生き続ける。
そして、何かをきっかけに心を支えていたものが外れ、ストレスの捌け口として、それが一番弱いところへ行く。

ある者は職場の部下(パワーハラスメント)に、ある者は妻子(ドメスティック・バイオレンス)に、ある者はサービス業のスタッフ(カスタマーハラスメント)に・・・

インターネット上で見られる特定の個人に対する罵詈雑言も根は同じだ。
私に言わせれば、政府の批判ができない中国人と、会社の上司に意見すら言えない日本人は全く同じに見える。

経団連が暴力・ハラスメント条約の採択を棄権したのは、自分たちがやっている指導と言う名の言葉の暴力が、処罰の対象となるのがイヤで棄権したと思われても、不思議でも何でもないだろう。

拘束衣社会(Straitjacket Society)

故宮本政於氏が「お役所の掟」という本を出したとき、英語版として出された本の題名が「拘束衣社会(Straitjacket Society)」であることはあまり知られていない。
私は、この本が出版されたとき、日本社会における内部告発本として評価していたが、残念ながら今の方が、彼の生きていた時代よりもはるかに社会は悪化している。

それは単に経済的に悪化しただけというのでは説明できないものがある。

私が思うに、今の日本人が、唯一の幸せの指標だったお金にも縁遠くなり、老い先短くなって気がついたら、何も残らなくてなってしまったことに、腹を立てているのかもしれない。

2019年6月27日付で「『ブラック校則』を押し付ける学校の理屈」という記事があったが、学校の校則は、違反行為を取り締まるのではなく、構成員を監視(拘束)するという日本の法理の元にあり、それは社則(就業規則)や国の法律にまで及んでいることを如実に表している。

民主主義国家であれば、構成員の意思によって、規則の改変は臨機応変にできて当たり前なのだが、それを困難にしているのは、構成員が主体的に動けなくしている社会の空気である。

この空気と呼ばれるものこそが、日本を覆う暗雲とも言うべき、窮屈な「べからず社会」、中学校から続く拘束(校則)社会を見ると、全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている「1984年」(著者:ジョージ・オーウェル/George Orwell)(日本語訳本)を思い出さざるを得ない。

残念なのは、日本人の多くが宮本氏の書いたことの本質を理解して、行動できなかったことだ。人生における自分の幸せとは何か、再度考えて見ることが必要だろう。
そうしなければ、いつまでも「拘束衣社会(Straitjacket Society)」を抜け出すことはできないのだから・・・

最後に

パワーハラスメント、ドメスティック・バイオレンス、カスタマーハラスメントのいずれもが、自分より弱い立場の人間をいたぶるように攻撃するものだ。
こういうことは、臆病で卑怯な人間のやることと自覚し、今こそサムライとしての矜持を取り戻すべきではなかろうか。

さもなければ、少子化で生産労働人口も減るニッポン、「お前は客じゃない!」と一喝した外国人支配人ように、サービス業のマネージャーは全員、外国人にすればいいのだ。(2016年9月23日 キャリコネニュース-「お前は客じゃない!」外資系企業の支配人がクレーマーを一喝 「お客様は神様」ではスタッフを守れない

支配人は「スタッフはお前の奴隷じゃない、謝れ!」とまで言い、逆にクレーマーが謝っていたという。

「このラインを越えたら客じゃない」という線引きがあるようで、そのライン内ではスタッフに一生懸命仕事をさせる。しかし、ラインを超えるとスタッフが仕事に恐怖を抱いてしまうので、そのときにはスタッフを守るのが義務だと支配人は話していた。

「サービスの質を高めるのはいいことだが、限度が来ればわがまま客に変身してしまう」と現状を嘆き、「(日本では)全国的に頭を下げる接客しか教えてこなかったからだろう」と、クレーマーへの対応の仕方のまずさを話していたという。

外国人マネージャーが顧客の正当な要求と悪質クレームの線引きができて、日本の経団連の要職にある人間がそれができないと言うのは、どういうことなのか。

早坂隆氏の「世界の日本人ジョーク集」という本で、世界最強の軍隊とは「アメリカ人の将軍、ドイツ人の参謀、日本人の兵」、最弱の軍隊は「中国人の将軍、日本人の参謀、イタリア人の兵」というものがある。
もはや冗談では済まなくなるだろう。

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