おもてなし信仰だけでは「みどりの窓口」の外国人の行列は増える一方だ

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高山の三町伝統的建築物群保存地区

あるとき、私が横浜市内の駅の「みどりの窓口」で鉄道旅行のための指定券を求めるために列に並んでいたところ(えきねっと予約のドロップダウンリストにないチケットのため)、前方にバックパックを持った外国人が数人行列を作っていた。

彼らと窓口スタッフの会話が聞こえてきたので、何の気なしに聞いていると、彼らが言っているのは、新宿へ行きたいとか池袋へ行きたいということだった。

私はJRの駅の券売機が英語表示も出ることがわかっていたので、なぜ彼らがそれを使わずに延々と並ぶのだろうと訝っていると、自分たちの目的の駅まで、運賃がいくらかかるかがわからないのだそうだ。

確かに、初めて来た都市の地名が地図上でどこにあるのかわかるわけがない。
ドロップダウンリストなどがあってアルファベット順になっていなければ、外国人が券売機でチケットを買うのは困難だと思う。

私がフランクフルト(ドイツ)やボストン(アメリカ)の近郊電車に乗るときに券売機の前で立ち尽くしたのと同じ状況なのだ。
そのときは近くにいた駅員に聞きながら機械を操作したが、日本の場合はそういったスタッフはいないことが多い。

今から約2年前の2013年3月23日、PASMO(首都圏私鉄)やSUICA(JR東日本)のような日本の交通系ICカードが全国の主要都市で共通利用できるようになった。
これによって、私たちは名古屋や京都、大阪、福岡などの都市圏であれば、いちいち切符を買わずに改札を通ることができ、飛躍的に便利になった。

ところが、この交通系ICカードを成田や羽田、関空で外国人観光客相手に売っているところを私は見たことがない。
私が見たことがないだけで、実は売られているのかもしれないが、少なくともこれらの3つの空港の鉄道駅で大々的な販促のポスターが貼られているようには思えなかった。

首都圏の私鉄系のPASMO(英語版)や、JR東日本のSUICA(英語版)は外国語のウェブサイトがあるにもかかわらずだ。

なぜなのだろうか。
私はこのとき、交通系ICカードの案内が日本語のものしかなくて、英語が不得手な駅のスタッフには対応しかねるのかと思っていたが、ウェブサイトには英語でしっかりとしたものが掲載されている。

それらを印刷したものを配って、リチャージ(recharge/top up=追加入金)とリファンド(refund=払い戻し)、利用可能区域(valid areas)のことを簡単に説明すればいいのではないだろうか。

ここで完全主義の嫌いのある日本人が大きな勘違いをするのは、英語が流暢に話せるスタッフが少ないので、そういったことはできないという呪縛に囚われる人が多いことだが、英語が母国語でない国のスタッフに流暢な会話力を求める観光客はほとんどいないのだ。

少なくとも、空港の観光案内所や、日本へ向かうフライトの機内誌などできっちりとした宣伝をすれば、私が見たような「みどりの窓口」で近距離切符を買うために行列する外国人観光客の問題は解決されるような気がする。

実際に、観光庁の「平成23年度第3回訪日外国人旅行者の受入環境整備に関する検討会(平成24年3月14日)」の資料「外国人旅行者の日本の受入環境に対する不便・不満」を見ると、貧弱な公共Wi-Fi環境や、外国語のコミュニケーションに次いで、公共交通機関に関するものが不満の多い項目として上がっていることからも、各事業者はそういった国の政策課題の克服に協力する必要があるのではなかろうか。

今や、日本の鉄道の経路検索アプリも、HyperDiaNavi Timeのように英語版もあるので、それを活用して日本を旅行している人もいて、私がそれを使っている外国人を相手にしたこともある。

これらを組み合わせることによって外国人観光客がスムーズに移動できるのであれば、外国語のコミュニケーションに難がある日本人にとってもメリットがあるだろう。

ところで、2020年に開催される予定の東京五輪招致のプレゼンテーションで、滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」というのが話題になって以来、長年の経済低迷で失意のどん底にあった日本人の心がこれをキーワードにして蘇りつつある。

それは非常に喜ばしいことなのだが、一方で、あまりにも調子に乗った露骨な礼賛記事を目にすることも多くなってきた。

確かに、ここ数年は第二次安倍政権以降の訪日外国人観光客の増加政策が功を奏して、2014年の訪日外国人客は1300万人を突破し、過去最高を記録したことで、おもてなし文化が訪日外国人の間にも浸透したことが一つの要因と思っても不思議ではない。(2015年1月20日-日本政府観光局:2014年の訪日外客数は過去最高の1,341万4千人!

しかしながら、週刊東洋経済で「観光ビジネスのリアル」を連載しているフリージャーナリストのさかいもとみ氏が、、「プロから見て『日本の空港』は何がダメなのか(2015年7月24日)」という記事で、訪日外国人の前に立ちはだかる公共交通機関や銀行ATMの大きな欠陥を指摘して「おもてなし大国」は幻想に過ぎないと述べている。(銀行ATMのことに関しては私が書いた「訪日外国人旅行者を困惑させる銀行ATMのバリア(2010年3月28日)」とほぼ同内容のことが指摘されている。)

また、彼は「プロから見て、新幹線には大きな欠点がある(2015年7月31日)」の中で、JR各社共通の外国語のインターネット予約システムが整っていないのと(日本語もJR各社共通の予約システムはないが)、駅のスタッフの外国語のコミュニケション能力のなさのために、外国人観光客が「みどりの窓口」で行列を作っていると書いているが、予約システムの改善には長い時間がかかりそうなので、当面の間、主要観光地の最寄り駅には外国人専用窓口を作るなどしないと、個人旅行者はストレスが嵩じて日本へのリピーターが少なくなってしまうだろう。

それこそ中国人の団体観光客の爆買いに浮かれている場合ではないのだ。(2015年7月25日-中日新聞:爆買い客、地方もつかめ 東海3県の免税店、半年で2倍超
彼らも、いずれは日本人と同じように買い物三昧の団体旅行に見切りをつけ、個人で旅行する日が来ることを肝に銘じるべきだ。

私はかつて「英語の通じない成田空港の銀行で外国人観光客は何を思うか(2011年11月23日)」というコラムを書いたが、最近、同じような局面に遭遇したことがある。

舞台は京成電鉄の成田空港駅だが、ある外国人男性がチケット売り場で「東京へ行きたい」と英語で言ったとき、相手をした女性スタッフは一言、「JRの駅へ行ってください(英語)」だけ言った。
それを後ろで聞いていた私は、苦笑せざるを得なかった。

流暢に話す必要は全くないが、なぜ「日暮里まで行って山手線に乗り換えてください」ぐらい英語で言えないのか。
重ねて言うが、舞台は成田空港なのだ。

iPhoneを見ながら怪訝そうに立ちすくむ彼に私は言った。
「再度、窓口で日暮里へ行きたいと言えばいい。そこで山手線に乗り換えてください。」と伝えた。

相手にストレスをできるだけ与えないということが「おもてなし」の基本だと思うのだが、時間に正確なことで国際的な評価も高い日本の鉄道で、それに乗ってもらうまでにストレスや怒りの種を与えてどうする、と思ったのは私だけだろうか。

先週、私が青春18きっぷの旅で訪れた岐阜県高山市は、外国人に人気の観光地であるが、私が何より驚いたのは高山陣屋などの観光スポットの受付窓口や、ル・ミディ(Le Midi)といったレストランでも英語がスムーズに通じていることだった。

また、通りのレストランやカフェの看板が英語になっていたり、手書きで英語のメニューが張り出されていたり、高山駅前で見かけた旅館むら山の送迎車は、ボディの旅館名が英語主体になっていて、そのことにも私は驚いた。

日本人のポテンシャルは元々高いのだから、外国人観光客の受け入れも本気でやればできることを高山市は示している。
通常は観光案内所など一部のエリアだけしか外国語が通じないのが日本の通り相場なのだが、観光庁の職員、交通機関や観光業界の関係者は一度高山市を訪れるべきだと思った。

しかし、こうしたホテルやレジャー施設の「おもてなし」の話題に喜びを見出している日本人が多い中、現実には、そこまで辿り着く列車の中で怒りを爆発させている外国人もかなりいるだろうと想像すると、日本人の新たな信仰とも言える「おもてなし大国」は幻想に過ぎないような気がしている。

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