出国税の導入も決定、海外赴任やロングステイ予定の個人投資家はどうすべきか

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シンガポール

外務省の海外在留邦人数調査統計によれば、2013年(平成25年)10月1日現在で、アフガニスタンとイラクを除く在外邦人の総数は1,258,263人を数え、その内訳は、長期滞在者(3か月以上の海外在留者のうち、海外での生活が一時的なもので、いずれ日本へ帰国する予定のある人/民間企業の駐在員とその家族、留学生、ロングステイヤーなど)が839,516人、永住者(居住国の永住権を持ち、生活の本拠を海外へ移した人)が418,747人と、過去最高を記録し、年々増加する傾向にあるようだ。

概ね1年以上にわたって海外生活をする予定の人は、基本的に住民登録地の役所で海外転出届(参考:海外移住情報-在留届・海外転出届・運転免許証・税金・死亡手続き)をしていく人も多いと思うが、そういった場合、国内にある銀行口座や証券口座はどうなるのだろうか。

海外移住FP・KEN氏のウェブサイトの記事「海外移住 はじめての移住計画-銀行/証券会社」を読むと、銀行に関しては「住民登録を抹消した方(非居住者)は、原則として日本の銀行口座(外資系銀行含む)の継続ができず、新たに口座を開設することができません。」とあり、証券会社に関しても「住民登録を抹消した方(非居住者)は、一般的に証券会社の取引口座を解約し、新規での口座開設はできません。」とある。

要は、日本の場合、非居住者は日本人であっても、原則として銀行や証券会社などの口座の新規開設や維持・継続はできないようだ。

私が書いた4月21日のコラム「日本における外国株投資ツールの充実と海外口座を巡る最近の情勢」の中でも触れた、HSBC香港の口座を開設する理由の一つとして、「将来の海外移住に際し、日本の金融機関の方針で、海外移住者などの非居住者は口座を閉鎖しなければならないルールになっている。(If I am nonresident in Japan in the near future, most of Japan’s financial accounts must be closed under the terms and conditions.)」ことを主張できると思う。

ちなみに、証券投資をメインに考えているなら日本語のウェブページがあり、非居住者の口座開設と、香港外の銀行からの入出金が可能な海通國際證券(Haitong International Securities)の口座開設を検討してみたらいかがだろうか。

一方、在香港の個人向けの金融機関として、Nippon Wealth Limited, Restricted Licence Bank (NWB)が今年度上期中に開業し、資産運用サービスを手がけると発表された(2015年4月3日-新生銀行ニュース)が、こちらは日本居住者を対象としていないとのことだ。

現時点では実際のところ、銀行や証券会社などの口座を新規に開設する際には公的な証明書などで住所確認を求められるものの、その後は住所変更手続きさえ、きちんとやっておけば、実際の住民登録地が日本になくても(銀行口座などの登録住所地を親元にすることなどで)、問題なく口座は維持できる。

しかし、やっかいなのが今年(2015年/平成27年)の10月から始まるマイナンバー(社会保障・税番号)制度で、今国会(第189回常会)で審議されている改正法案(個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律案)が通れば、数年後には銀行口座にマイナンバーの紐付けが可能になるわけで、将来的には役所に海外転出届を出した途端に、銀行にもその情報が伝わる可能性もあり、当然、そうした法律が証券口座にも適用されるようになるのは時間の問題だと思う。

現時点で個人番号(マイナンバー)は、国籍を問わず住民登録者にのみ付番されるため、海外転出者は日本に再転入するまで個人番号(マイナンバー)がなく、金融機関に対して番号の告知が義務化された暁には、国内口座が凍結されることもあり得るだろう。(参考:総務省-個人番号を活用した今後の行政サービスのあり方に関する研究会/海外に在留する者への行政サービスの提供のあり方

そうなった場合、海外居住者は日本の証券会社で取引している株式やETFを、海外の証券会社に移管できるのだろうか。
私が口座を持っている香港の金融機関は、外国人でも非居住者口座を開設できるため、海外に長期滞在している人などは、そこで取引したいという人もいるだろう。

そこで参考にしたのが「マネーの達人-転勤・移住などによる海外からの投資 必要な準備と注意点(2013年7月2日)」、「マネーの達人-海外に住む予定がある場合、海外の証券口座の準備が必要(2013年7月7日)」、「KEN:D(けんでぃ)の坐禅的投資道-ハマると厄介!海外赴任・留学時の口座維持と海外株式移管(2015年1月26日)」で、これらの記事によれば、海外居住者が日本の証券会社を使って投資をすることや、日本から海外への株式やETFの移管はできない、ということになっているようだ。

私がかつてTD Ameritrade(米国)で保有していた株を、HSBC香港の米国株口座(香港)に移管しようとしたときは、メールで取り寄せたUS Securities Receipt/Delivery Free of Payment Formにサインして郵送で送れば可能だと言われた(2012年9月29日-TD Ameritradeが2012年10月末で日本を含む特定国の居住者の口座を強制閉鎖へ)のとは大きな違いである。

なぜ日本の証券会社は海外への株式やETFの移管ができないようにしているのだろうか。

最大の理由は、海外への資産逃避(capital flight)の防止を政府から要請されていると推測されるのだが、法的には内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律第4条の3(国外証券移管等調書の提出)がネックの一つになっていると思う。

この法律が海外投資家の間でクローズアップされるのは、主として国外財産調書の提出義務に関するときと、税務署から送られてくる「国外送金等に関するお尋ね」のときだが、投資家の求めに応じて、海外への有価証券の移管(国外証券移管)、又は海外からの有価証券の受入れ(国外証券受入れ)を実行した場合には、当の証券会社が「国外証券移管等調書」を作成して税務署長へ提出する義務を負っている。

つまり、法令上は海外への株式やETFの移管が禁止されているわけではないので、海外の金融機関が受入可能な銘柄(株式や海外ETF)で、日本の証券会社が移管を了承すれば問題なく手続きできるはずだが、法令解釈や税務署への提出書類が煩雑なので取り扱わない、というのが本音だろうか。

ところで、今国会(189回常会)で成立した「所得税法等の一部を改正する法律(平成27年3月31日法律第9号)」は、主として、国外転出をする場合の譲渡所得等の特例(いわゆる出国税と呼ばれる、保有する有価証券等の評価額が1億円以上の人に対する譲渡所得のみなし課税)などの規定が盛り込まれている。

出国税(改正所得税法)の規定が適用になるのは、今年(2015年/平成27年)の7月1日以降の海外転出者(企業内の海外転勤者や帯同する家族を含む)や、海外在住者への相続・贈与が生じたときが対象になるが、これによって、日本から海外への株式やETFの移管は、今でさえ手続きできる証券会社が皆無に近いのが、ほぼ不可能になったと言えよう。

現時点では私には関係ない金額(有価証券等の評価額が1億円以上)とはいえ、わからないことだらけの出国税の規定、これについて海外送金税金.comのitax Newsに詳しい連載記事が掲載されている。

ちなみに、この出国税に関しては、一般的には富裕層が対象だからと、報道もほとんどされず、そのため世間ではほとんど騒がれずにいるが、今のところ、海外進出への萎縮効果が懸念される(2015年2月6日-J-Cast会社ウォッチ:海外在住の日本人の間で「出国税」が話題 海外進出への萎縮効果を懸念)という意見と、税制の効果は限定的(2015年2月13日-ニュースフィア:「出国税」で富裕層の税逃れを防止 対象者は100人強、効果は限定的との見方も)という意見があるようだ。

私は世間が思う資産家ばかりでなく、アベノミクス(第二次安倍内閣以降の経済政策)や米国市場の上昇気流に乗って、株式やETFなど有価証券の評価額が1億円を超えている個人投資家も結構いると思うが、そうした人たちが企業内転勤で海外に赴任したり、会社を辞めた後の海外楽園生活を夢見ていると、この法律が適用されることになる。

但し、企業内の海外転勤や海外ロングステイの場合など、海外転出後、5年以内に帰国(帰国後に1年以上継続して日本に居住)する場合は、出国税の課税取消(改正所得税法第60条の2第6項)や納税猶予(改正所得税法第137条の2/延長申請をすれば10年以内の帰国まで可)という制度もあるが、個人投資家で評価額1億円以上の有価証券を保有している人は要注意だ。

例えば、投資に成功して1億円(確定申告後)の資産を築いたとしよう。
それを年利5%の外国債に投資したとすれば、20.315%の源泉税を引かれた後でも、約400万円の年収を得ることができる。

これで海外楽園生活ができると、会社を辞め、喜び勇んで海外転出届をすると、7月1日以降は保有する外国債の円換算評価額が1億円以上ある場合、出国税の納付義務が生じるばかりか、国内の証券会社に外国居住の事実がわかった場合は、口座が凍結される可能性もあるわけだ。

もはや海外に長期在住予定の個人投資家は、言葉の壁があるものの、日本での売却資金を香港などに送金して、そこで新規の投資に回す方が賢明かもしれない。

コメント

  1. リリー より:

    カルロスハッサンのブログは、貴重な信頼できる情報源です。先輩方の様なセンスを目指す者にとって、こんなに
    気楽に勉強できるのは本当にラッキーです。
    ありがとうございます。

  2. カルロス より:

    リリーさん、いつもお越しいただきありがとうございます。

  3. へそくり より:

    マイナンバー制度。
    銀行の貸金庫を借りて、現金で保管したら良いです。
    中くらいの貸金庫(年間1万円程度)でも、
    1億くらい入ります。
    海外でも同じ。
    数字(デジタル)で保管しようとするから
    管理されてしまう対象になるのでは?
    株式の移管
    外国の証券会社で口座を開き、
    トレードツールで、日本の所有株式を成り売り、
    同額の株式を海外のトレードツールで同時に成り買い。
    1スプレッド分を損しますが、
    移管の目的を果たせます。

  4. カルロス より:

    コメントありがとうございます。
    >銀行の貸金庫を借りて、現金で保管したら良いです。
    古典的なやり方ですが、最終的にはそうする人も多いでしょうね。ただ私としては円でなくUSドルがいいですね。
    金の現物を香港で・・・という人もいそうですね。

  5. 通りすがり より:

    自分は、現在、マレーシアに住んでいますが、香港の銀行に新しい住所を連絡したところ、マレーシアの住所なら口座は閉鎖という連絡がありました。結局、担当者の勘違いで、閉鎖ではなく一部の機能がオンラインでできなくなったのですが、海外口座でもこんなことが起きる可能性もあることを頭に入れておかなければいけないと思います。

  6. カルロス より:

    コメントありがとうございます。
    そんなこともあるのですね。
    海外口座の維持は大変です。

  7. ぷま より:

    諸外国では番号つきの身分証明書を持っているのが普通で、なんで日本人はパスポートしかないのか?と質問されたことがある人もいるし、憲法第9条が改正されて、日本の自衛隊が戦争に間接的に参加するようになるということは、日本も諸外国と同じように変わっていくと言うことなのだろうか?
    平和の国の代表として世界中のテレビ番組で放映された会見の意味は・・・?
    国のために働く人が優位な状況にあるのは当然のことだ

  8. カルロス より:

    ぷまさん、コメントありがとうございます。
    >諸外国では番号つきの身分証明書を持っているのが普通
    確かに写真付きのIDがある国は多いですね。日本の場合はそれが純粋に国民に対して公的身分証明書として配布するというより役所が税金などを取りはぐれがないようにするのが第一義になっているからおかしなことになるのでしょうね。
    >国のために働く人が優位な状況にあるのは当然のことだ
    特に軍隊や警察はそうでないと士気にかかわることもありますね。

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