去る18日、キプロスに対するEUの金融支援策が、銀行預金者に負担(預金課税)を求めるという一連のユーロ圏加盟国支援策としては前例のない措置を含んでいたことで、その措置が財政危機が懸念される他の南欧諸国にも波及するのではという恐れから、欧州・アジアを中心とする各国の株式市場とユーロに動揺が走った。
その翌日、日系メディアのほとんどがキプロスショックを国際面の一般記事としてしか報じなかったことに対し、Market Hackには「日本のマスコミは何故キプロスの預金封鎖をちゃんと報道しなかったか」というコラムが掲載された。
それによると、「日本は第二次世界大戦後、世界で預金封鎖を実行し、成功した、唯一の国である。マスコミの報道の自粛の理由の一つは、預金封鎖の実体験がある唯一の国民である日本人に、その忌まわしい思い出を呼び起こさせないようにしている。預金を封鎖し、預金に対して税金をかけることを経済学ではcapital levy(預金税)と言うが、銀行取引が一般的でなかった昔は、不動産や家畜などの資産への課税を指していた。預金税は、実際には、自分の銀行預金残高の一部が、ある日、忽然と消滅することを言う。」とあった。
キプロス国会で導入が否決された預金税(bank levy, savings levy, deposit levy)は、キプロス国民ならずとも反発するのは当然で、日本が預金封鎖(税)に成功したのは当時の米国政府(GHQ)がバックにあったからだと言われている。
そして、現在、EUがキプロスに対して壮大な実験を敢行しているというわけだ。(ブルームバーグ-欧州は新たなキプロス救済策を検討へ-銀行預金課税案否決で)
事実、フィナンシャル・タイムズのコラムニストであるウォルフガング・ムンチャウ(Wolfgang Munchau)氏はこう書いている。
The Cyprus rescue has shown that the creditor nations will insist from now that any bank rescue must be co-funded by depositors.(債権国は今後、銀行を救済するならその預金者にも負担を求めなければならないと主張するようになる-。今回のキプロスの救済劇はそう告げているのである。)
ただ、今回の賭けがある程度EUの思惑通りにいった場合の副作用は非常に大きいものになる。
なぜなら、脆弱な財政基盤しか持ち得ない国の銀行からは、富裕層の預金が一斉に流出することになるからだ。
ところで、日本の財政の現状は世界でも突出して悪く、債務残高(対GDP比)は2011年に200%を突破、EU圏で財政危機状態にあるイタリアのほぼ倍となっている。
巷で言われているように、このような借金依存型の財政がいつまでも続くわけがなく、いずれ破綻すると言われている。
そうなると、第二次世界大戦で敗戦したときの状況と同じで、国内ではハイパーインフレが起き、さらには政府が国民の金融資産を召し上げることにもなるだろう。
その当時のことは、大蔵省財務局五十年史 第1章 総論 第1節 総説 3.理財業務 II 金融・証券や、預金保険制度の歴史 戦後の金融機関再建整備で書かれているのだが、当時の預金のうち、一定額までを第1封鎖預金、それ以上が第2封鎖預金とされ、第2封鎖預金(当時の金額で原則として3千円を超える旧円預金)は最終的には切捨てられたので、これが英字紙で一般的に使われる経済用語でいうヘアカット(haircut=元本削減)になったというわけだ。(預金封鎖(bank hokiday)-過去の実例)
このヘアーカット(haircut=元本削減)とは、債権者が債務者の元本の一部、又は全部を放棄することなのだが、日本の銀行法でいう預金の債権者とは我々のことである。
要するに、お金を銀行に貸して利子を受け取るというのが預金の法的な位置付けなのだが、政府が強制的に預金債権の一部を放棄させ、それを政府に渡しなさい、というのが預金税のことである。
ちなみに、終戦当時に適用された金融機関経理応急措置法と、金融機関再建整備法は廃止されておらず、いつでも適用可能な現行法である。
また、かつて日本で預金封鎖が行われたときは、コンピューターなどない時代ゆえ、預金を分散しておいた人は別勘定扱いとなり、株式や社債など企業の発展に役立つ資産の購入には封鎖預金の別枠で払い戻しが認められたという。
2016年(平成28年)1月から施行が予定されているマイナンバー(社会保障・税番号)制度(参考:行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案)が導入されると、コンピューターで名寄せが容易にできるようになるので、国内の金融機関で分散預金をしておいてもほとんど意味がないが、かつては投資用の資金が別勘定だったことは留意した方がいい。
こういった意味でも海外へ資産逃避をする人が増えているのだが、何事も備えあれば憂いなし、ということなのだろう。
私としては、キプロスで実験されている預金税(bank levy, savings levy, deposit levy)のようなものが、将来の日本の政策にならないことを祈るばかりである。
最後になるが、ウォルフガング・ムンチャウ(Wolfgang Munchau)氏が書いている次のコメントは含蓄に富んでいる。
それにしても分からないのは、なぜキプロスの人々は事前に預金を引き出さなかったのかということだ。
新聞(Cyprus Today on January 10, 2013 – In Cyprus Bailout, Questions of Whether Depositors Should Shoulder the Bill)を読んでいなかったのだろうか?
それとも、こんなことは絶対に容認しないと約束した新大統領を信頼していたのだろうか?
また、ほかの南欧諸国での預金逃避がこれほどまでに少ないのはなぜなのか?ほかの国々の国民も政府を信頼したのか?そして、それ以上に重要なことだが、彼らは今後も政府を信頼し続けるのだろうか?
The really puzzling thing is why did people not withdraw their money before? Did they not read the newspapers?
Maybe they trusted the new president of Cyprus, who had promised them that he would never accept this?
And why has there been so little deposit flight elsewhere in southern Europe? Did they, too, trust their governments? More importantly, will they continue to do so now?
今回のことから私たちが学ぶべきことは非常に多い。
いくら情報があってもそれを自分の身に降りかかる可能性があるものとして認識しない限り、それは単なるガラクタと同じなのだ。
Europe is risking a bank run
(Financial Times by Wolfgang Munchau March 17, 2013)
取り付け騒ぎの危険を冒す欧州の財務相たち
(2013.3.19 Japan Business Press)Sir Mervyn King once said it was not rational to start a bank run but rational to participate in one once it has started. The governor of the Bank of England was right, of course. On Saturday morning, the finance ministers of the eurozone may well have started a bank run.
英国のイングランド銀行(中央銀行)総裁を務めるマーヴィン・キング氏はかつて、銀行の取り付け騒ぎを引き起こすのは合理的ではないが、いったん始まってしまったら参加するのが合理的だ、と語ったことがある。もちろん、総裁の言う通りだ。先週土曜日の朝、ユーロ圏の財務相たちはこの取り付け騒ぎを引き起こしてしまったのかもしれない。
With the agreement on a depositor haircut for Cyprus – in all but name – the eurozone has effectively defaulted on a deposit insurance guarantee for bank deposits. That guarantee was given in 2008 after the collapse of Lehman Brothers. It consisted of a series of nationally co-ordinated guarantees. They wanted to make the political point that all savings are safe.
キプロスの銀行預金のヘアカット(元本削減)-実際に使われている表現はこれとは異なるが-の実施で合意したことにより、ユーロ圏は銀行の預金保険による保証を事実上デフォルト(不履行)した。この保証は2008年、リーマン・ブラザーズが破綻した後に設けられたもので、国ごとに整えられた一連の保証で構成されていた。預金はすべて安全だという政治的な主張を打ち出すことがそれらの狙いだった。
I am using the expressions “in all but name” and “effectively” because legally, Cyprus is not defaulting or imposing losses on depositors. The country is levying a tax of 6.75 per cent on deposits of up to Euro 100,000, and a tax of 9.9 per cent above that threshold. Legally, this is a wealth tax. Economically, it is a haircut.
「実際に使われている表現はこれとは異なるが」とか「事実上」といった言葉を筆者が使っているのは、法的に言えばキプロスはデフォルトしておらず、預金者に損失を押しつけているわけでもないからだ。この国は10万ユーロ以下の預金に6.75%、そしてそれを超える額の預金には9.9%の税を課そうとしている。法的に言えば、これは富裕税である。経済的に言えば、ヘアカットだ。
I myself had favoured a haircut, or tax, on deposits of more than Euro 100,000 – the portion not covered by the deposit insurance guarantee. There is no moral or economic reason to protect foreigners who have decided to park large sums in a Cypriot bank account for whatever reason.
筆者自身は、預金保険による保護の対象から外れる10万ユーロ超の預金に限ってヘアカット(あるいは課税)を行った方が良かったと考えている。多額の資金をキプロスの銀行に預けることにした外国人を保護する理由は、なぜそのような預金をしたかに関係なく、道義的にも経済的にも見当たらない。
Such a haircut would also have been in line with the philosophy of deposit insurance. Its purpose is not to provide absolute certainty, but to prevent bank runs, which is what happens when you go after small depositors. Well-designed deposit insurance schemes thus impose ceilings.
また10万ユーロ超の預金に限ったヘアカットなら、預金保険の哲学に沿ったものにもなっただろう。預金保険の目的は絶対的な確実性を提供することではなく、取り付け騒ぎを防止することにある。取り付け騒ぎは、少額預金者からカネを取ろうとする時に発生する。上手に設計された預金保険制度で保護される額に上限が設けられているのはそのためだ。
I just could not believe it when I heard that eurozone finance ministers went after the small depositors in Cyprus. I understand the purely technical reason why they did it. The eurozone could not agree a full bailout, which would have cost Euro 17bn.
ユーロ圏の財務相たちがキプロスの少額預金者からカネを取ることにしたと聞いた時、筆者はとにかく信じられなかった。そういう決定を下した純粋に技術的な理由は理解できる。ユーロ圏は、キプロスを全面救済することで合意できなかったからだ。全面救済となれば、170億ユーロの資金負担が生じていた。
The Germans rejected a loan which they were certain Cyprus would invariably default on. So the sum was cut to Euro 10bn. A depositor haircut was the only way to co-finance this. When they did the maths, they found the big deposits would not have sufficed.
キプロスにカネを貸してもどうせ踏み倒されると確信したドイツは、融資を拒んだ。そのため、支援額は100億ユーロに減らされた。この穴を埋めるには、預金のヘアカットを行うよりほかにない。そして計算してみたところ、大口預金者のヘアカットだけでは足りないことが判明した。
So they opted for a wealth tax with hardly any progression. There is not even an exemption for people with only very small savings.
そこで財務相たちは、累進性がほとんどない富裕税を選んだのだ。今回の決定には、ごく少額の預金者への減免措置すら設けられていない。
If one wanted to feed the political mood of insurrection in southern Europe, this was the way to do it. The long-term political damage of this agreement is going to be huge. In the short term, the danger consists of a generalised bank run, not just in Cyprus.
暴動が起きそうな政治的ムードを南欧で醸成したかったのであれば、今回の決定はまさにうってつけだった。この合意による政治的ダメージは、長期的にとても大きなものになる。短期的には、銀行の取り付け騒ぎがキプロスにとどまらず、あちこちに広まる恐れがある。
As in the case of Greece, the finance ministers said: “Don’t worry, this is a unique situation”. This is true only in a very narrow legal sense. The bond haircut in Greece is indeed different to the depositor haircut in Cyprus. And when they repeat this elsewhere, it will be unique once more.
ギリシャの時のように、財務相たちは「心配しなくていい。これはこの国特有の状況だ」と述べた。この指摘が正しいのは、法律上のごく狭い意味で言う場合に限られる。ギリシャ国債のヘアカットとキプロスの預金のヘアカットとは確かに別物だ。そして、財務相たちがどこかほかの国についてこの台詞を繰り返すことになっても、そこでの状況はやはりその国特有のものになるだろう。
Unless there is a last-minute reprieve for small savers, most Cypriot savers would act rationally if they withdrew the rest of their money simply to protect them from further haircuts or taxes. It would be equally rational for savers elsewhere in southern Europe to join them. The experience of Cyprus tells them that the solvency of a deposit insurance scheme is only as good as that of the state. In view of Italy’s public sector debt ratio, or the combined public and private sector indebtedness of Spain and Portugal, there is no way that these governments can insure all banks’ deposits on their own.
少額預金者への課税が土壇場で猶予されない限り、キプロスの預金者のほとんどは、追加的なヘアカットや課税から自分の資産をとにかく守るために残りの預金をすべて引き出すという合理的な行動に出るだろう。ほかの南欧諸国の預金者にとっても、これに追随することが同じくらい合理的な行動になるはずだ。キプロスの経験から分かるのは、預金保険制度の支払い能力は国家のそれと同程度でしかないということだ。イタリアの公的債務の国内総生産(GDP)比、あるいはスペインやポルトガルの公的部門と民間部門が抱える債務の合計などに照らしてみれば、これらの国々の政府が銀行預金を独力で全額保護することなど不可能だ。
The Cyprus rescue has shown that the creditor nations will insist from now that any bank rescue must be co-funded by depositors.
債権国は今後、銀行を救済するならその預金者にも負担を求めなければならないと主張するようになる-。今回のキプロスの救済劇はそう告げているのである。
The really puzzling thing is why did people not withdraw their money before? Did they not read the newspapers? Maybe they trusted the new president of Cyprus, who had promised them that he would never accept this? And why has there been so little deposit flight elsewhere in southern Europe? Did they, too, trust their governments? More importantly, will they continue to do so now?
それにしても分からないのは、なぜキプロスの人々は事前に預金を引き出さなかったのか、ということだ。新聞を読んでいなかったのだろうか?それとも、こんなことは絶対に容認しないと約束した新大統領を信頼していたのだろうか?また、ほかの南欧諸国での預金逃避がこれほどまでに少ないのはなぜなのか?ほかの国々の国民も政府を信頼したのか?そして、それ以上に重要なことだが、彼らは今後も政府を信頼し続けるのだろうか?
There are some institutional impediments against bank runs within the eurozone. Some countries impose daily withdrawal limits, ostensibly as a measure against money laundering. Nor is it easy to open a bank account in a foreign country. In many cases, you need to have residency. You may need to travel there in person, and you need to speak the local language – or at least English.
ユーロ圏には、取り付け騒ぎを防ぐ制度的な仕掛けがいくつか導入されている。例えば、一部の国ではマネーロンダリングを防ぐという名目で、1日の預金の引き出し額に限度が設けられている。また、外国で銀行口座を開設するのは容易なことではない。その国に住んでいなければならないことが多いうえに、口座を作るには銀行の窓口に本人が出向かねばならないこともある。現地の言葉-あるいは、少なくとも英語-を話す必要もある。
But I would not take too much comfort from those impediments. Once fear reaches a critical mass, people will act, and then a bank run becomes a self-perpetuating process. There has been a lot of complacency about the eurozone crisis in the past eight months.
しかし筆者は、こうした仕掛けがあってもあまり安心できない。恐怖心がひとたび臨界に達すれば、人々は行動を起こす。そうなれば、取り付け騒ぎは自己増殖的なプロセスになる。ユーロ圏危機についてはここ8カ月間、かなりの油断が見受けられた。
Many people even thought the crisis was over because Mario Draghi, president of the European Central Bank, gave a lender-of-last-resort guarantee. Bank depositors now understand that if the crisis was over, then that was only because the eurozone had found a new source of funding: their savings.
欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁が最後の貸し手になると保証したから危機は終わった、とまで考えた人も多かった。銀行の預金者はこのキプロスの一件を見て、次のように理解しているだろう。もし危機が終わったのであれば、それはユーロ圏が銀行預金という新たな資金源を見つけたからにすぎない、と。
I have no idea whether or not there will be a bank run in the next few weeks. But surely it would be rational.
向こう数週間のうちに取り付け騒ぎが起きるかどうか、筆者には見当がつかない。だが、もし起きたら、それは間違いなく合理的だ。
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