政府が肝いりで始めたGo To トラベル事業を巡って世論が大きく揺れている。
当初は7月22日から全国一斉に始めると言っていたのが、東京都内の新型コロナウイルスの感染者が増加傾向にあるのを見て、他府県の首長が及び腰になり、ついに、東京外しをして施行することになった。(2020年7月17日 日経新聞-GoTo事業、全国一斉を転換 東京除外で専門家ら了解)
観光産業を救済するどころか、腐臭漂う利権の巣窟、歴史に残るほどの愚策になり下がりそうな様相に対して、私自身が感じたことを書いてみたいと思う。
観光は21世紀における日本の重要な政策の柱
観光庁のウェブサイトには「観光は21世紀における日本の重要な政策の柱」ということが書かれている。
これには、10年前に「観光は日本の基幹産業となり得るか」と書いた私も、非常に高く評価をしてきた。
また、2015年(平成27年)11月9日開催の「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」の冒頭で、安倍首相は「観光は成長の重要なエンジン」と挨拶し、インバウンド振興を目的に、数々の政策を打ち出してきたので、それによって、日本の観光地が相当に活気づいてきたのは厳然たる事実だ。
ところが、2020年3月以降、世界的なコロナ禍でインバウンドが期待できなくなり、緊急事態宣言下で、県境を越えた国内の移動も自粛要請がされるようになると、観光業を始めとするレジャー産業は一気に暗転する。
この窮地を救う政策の一つが、Go To トラベル事業であるべきだった。
極論すれば、この事業の成否が、インバウンド再開の可否をも決めるのではないかと、私は思っていた。
しかしながら、そのような理念は全く感じられなかった。
第一、政府要人も地方自治体の首長も、(感染者が増加傾向にある地域の)東京都民に観光に行くなとばかりに言っておきながら、どの面下げてインバウンドを再開するなどと言えるか。
もはや、新型コロナウイルスを完璧に封じる妙案がない以上、また、ワクチンの開発が当分先になりそうだという情勢で、トップが人の往来をどうするのか信念を持って決める時ではないかと思う。
そもそも、東京には毎日何万人も県境を越えて通勤してくるのに、都民だけレジャー封鎖するようなことをしても意味ないと思わないのか。
それとも、7月17日付の時事通信が報じているような「東京外し、背景に政府との対立 『Go To』の方針転換」というオトコ(菅義偉官房長官)の怨念が原因なのか。
かつて、二度も肺炎になって死ぬような思いをした私に言わせれば、新型コロナウイルスに感染することに恐怖を感じないと言えばウソになる。
それでも、これからの日本は、世界に覇権を持つような工業製品や天然資源がない以上、観光を基幹産業の一つに育て上げなければ食っていけないはずだ。
すべての国民にその覚悟が問われるときに、政府要人が何も考えず、惰眠を貪っていれば、完膚なきまでに沈没するだろう。
いつになったら星野佳路氏の休暇分散の願いは叶うのか
2020年7月17日付の日経新聞の記事「星野リゾート星野代表『東京除外より需要平準化を』」には、星野佳路氏の言葉として、以下のようなことが書かれていた。
私は、彼の言葉が政策決定者の誰にも届いていないことが悲しいと思った。
発着地によって対象から除外するのではなく、連休など需要が集中する日を事業の対象から外して需要を平準化する施策が望ましい。
「Go Toトラベル」は長期的に観光業を下支えできるような施策であるべきだ。
施策によって旅行需要が一気に盛り上がれば、密集・密接・密閉の「3密」が生まれやすくなり、さらなる感染拡大を招きかねない。
平日の稼働率向上など旅行客の殺到を抑えながら観光業の収益確保につながる対策が必要である。
一方、休暇の分散化は、少なくとも10年前から彼が言っていることであり、それが、コロナ禍を契機に、ようやく国土交通省の観光白書で触れられたようだ。
参考までに、6月16日に閣議決定された、2020年(令和2年)版の観光白書には、以下のように書かれている。
「本文(第 II 部 新型コロナウイルス感染症への対応と観光による再びの地方創生に向けて)」
第2章 第1節 「日本人国内旅行の動向と活性化に向けて」
2019年の旅行の阻害要因を見ると、「仕事などで休暇がとれなかった」、「家族、友人等と休日が重ならなかった」という働き方や休暇に関する要因が上位となった。
(中略)
日本人の旅行実施時期について月別の旅行消費額をみると、ゴールデンウィークのある5月とお盆休み等長期休暇を取得する8月に偏りがみられ、旅行時期を柔軟に選択できていないことがうかがえる。
なお、訪日外国人旅行者についてみると、年間を通してほぼコンスタントに旅行消費がなされている。(中略)
新型コロナウイルスの感染拡大により、日本人の旅行は急減しているが、本格的な社会経済活動の再開に向け、安心・安全に旅行できる環境づくりのための取組が始まっている。
こうした取組を支援し、安心・安全な旅行環境づくりを行うとともに、感染症の状況が落ち着き次第、観光需要の喚起によって地域経済を支える「Go To トラベル」事業を開始する。
また、今回の経験から、安心・安全な旅行環境には混雑と密集の回避が一つの要素となったため、ゴールデンウィークや夏休み等の長期休暇の分散化や、家族等少人数で滞在型の観光をする新しい旅行スタイルの定着に向け取り組んでいくことが重要である。
つまり、コロナウイルスの感染要因たる「三密」を避けながら、観光業界が収益を上げ続けていくためには、今までに日本人がやってきたような、集中豪雨型のバカンス形態ではダメだと、ようやく政府も認めたようだ。
それでは、これに呼応して、一般の日系企業が社員の旅行時期を柔軟に選択できるような体制を取れるのかというと、正直言って、相当に困難であると感じた。
なぜかと言うのは、7月9日付の東洋経済「『出勤を再開する人』を増やす日本株式会社の闇 メンバーシップ型雇用が生み出す弊害」に答えはあった。
是非、ご一読いただければ幸いだ。
結果的に、星野佳路氏の言う休暇分散の願いが叶えられることはないだろう。
多くの標準的な日本人サラリーマンにとって、未来を見渡したとき、残酷すぎるほど残念なことだと思う。
自粛警察による観光ヘイト、レジャーヘイトの愚
2020年7月16日付のダイヤモンドオンラインの記事「『Go Toキャンペーン』は観光ヘイトを招くだけ、旅行復活の方策は他にある」を読んで、私は暗澹たる気持ちになった。
今のムードの中で、全国規模のキャンペーンを強行しても、観光産業に携わる人、そして何よりもせっかく楽しい経験をしたいと思って出かけた観光客への「ヘイト」が盛り上がるだけで、長期的に見るとマイナスの効果しか期待できないからだ。
私の記憶は、戸塚共立リハビリテーション病院に入院していた3月に遡る。
このときのフェイスブックの海外旅行関係のコミュニティの投稿は醜いの一言だった。
当時は、コロナウイルスが国内にまん延し始めたときで、まさに海外旅行ヘイト、帰国者ヘイト、ヘイト除けのためのフェイクビジネストリップが投稿に溢れていた。
今思えば、ヘイトスピーチをした彼らは、自粛警察の走りだったかもしれない。
中には、(政府の)要請は強制だと書いて、一歩も譲らなかったオトコもいる。
海外旅行関係のコミュニティとはいえ、アクティブな旅好きのほかに、旅に行きたくても行けない(休みたくても休めない)という鬱屈した層が一定数存在する。
そういった人は、コロナ禍のような非常事態下になると出てきて、ここぞとばかりに日頃の怨念を晴らすかのような書き込みをする。
さて、「Go Toトラベル事業」から東京外しが行われた瞬間に「Go Toキャンセル殺到 業者悲鳴『なぜ東京だけ』『致命的』 秋以降も影響(2020年7月17日 毎日新聞)」と阿鼻叫喚の状況になっているようだが、いくつかある理由のうち、一つは、半額補助がなくなることによる経済的な痛手、もう一つは、「来るなというなら行かない派(旅行ヘイト除け)」だろう。
どこで自分が新型コロナウイルスの感染源になるかわからない状況で、旅行ヘイト、レジャーヘイトをしようと待ち構えている自粛警察がウヨウヨいる中に、お金を払ってまで、飛び込むバカはいないからだ。
海外旅行へしばらく行けないからと、国内を見直そうという機運もあった中、近視眼的な地方自治体の首長の発言によって、インバウンド再開まで、国内の観光地はしばらく閑古鳥が鳴くかもしれない。
標準的な日本人の前に横たわる残酷な未来
日々のメディア、あるいは政府要人からは「感染防止対策をしっかりやって」と何気なく言われる人たち、彼らの感染防止対策費用は誰が出しているのだろうか。
ドケチ政府が出すわけがないだろう、企業努力でみんな一生懸命・・・
美しい言葉だと思う。企業努力・・・
しかし、その努力はほとんどの場合、従業員の低賃金長時間労働を意味していた。
それもそろそろ限界かと思う。
なぜなら、感染防止のために、今までの定員の半数で・・・などと言うのは、売上半減でと言われているのと同義だからだ。
前出の2020年(令和2年)版の観光白書を見直してみよう。
5月と8月にしか利益が見込めない日本人と、年間通して利益が見込める外国人、貴方が経営者ならどちらを優先するか。
2009年12月21日に開催された観光庁の休暇分散化ワーキングチームの会合において、星野佳路氏は、自身が提出した資料において、「観光産業は夏休みやGWなどの休日100日は黒字だが、残りの265日は赤字。」と述べていた。
この黒字の100日がコロナ対策で消滅してしまう危機にあれば、経営者とすればどうするか。
しかも、日本の庶民は平成以降の経済無策と、コロナ禍でますます貧困化が進むことは容易に想像できる。
つまり、コロナ対策費の転嫁、いわゆる値上げは、イコール日本の庶民は相手にせずと宣言するのと同じ結果にならないだろうか。
「Go Toトラベル事業」で東京外しが決まった日、都民と思われる人からは怨嗟の声とともに、「地方は中国人相手にやりやがれ」という捨て台詞も見られた。
私は、それを見て複雑な気持ちになった。
多くの標準的な日本人サラリーマンにとって、未来を見渡したとき、残酷すぎるほど残念な結果がすでに見え隠れしているのが、私にはわかっていたからだ。
事実、海外拠点の日系旅行社は、数年前から、もはや日本人だけを相手にせず、という方針で臨んでいるところも多い。
現在はアセアン諸国の経済発展でだいぶ事情が変わってきたが、私がかつて東南アジアを旅して感じたことは、観光地のツアーエージェントの看板やパンフレット類の主役は英語であり、現地語は従か、ないかのどちらかだった。
当時は、顧客の主力は外国人であり、現地の人はworker(労働者)、しかも接客スタッフは英語ができる必要があった。
そうした兆候は北海道のニセコに見ることができる。
2019年6月8日付の「単純外国人労働者受け入れで日本人は幸せになれるのか」というコラムでも紹介したFX投資家の鳥居万友美さんのブログ、「ニセコでウルトラ富裕層体験♪」を再掲しよう。
冬は宿泊客の95%が外国人で、半分がオーストラリア人、次いでアジア系で香港の方が多いそうです。
香港資本のホテルも増えているようですが、ここを外国人に占領されるのはもったいないと思ってしまいました。ここでは、日本人はお掃除や雑用をこなす立場。
ウルトラ富裕層体験を楽しみつつも、ニセコの外国化にすこし切なさを感じました。
2020年6月9日付の琉球新報には「沖縄県内ホテル売買の動き広がる コロナで苦境、外資系など買収検討 県内関係者に危機感も」という記事が掲載された。
2018年8月22日付の現代ビジネスは「中国人富豪たちの仰天告白『間もなく日本で中小企業を爆買いします』」だった。
これでも日本の有力観光地が、ニセコ化しないと言い切れる人は、どのくらいいるだろうか。
最後に
「『Go Toトラベル』は長期的に観光業を下支えできるような施策であるべきだ。」と言った星野リゾート代表の星野佳路氏の期待とは裏腹に、安倍政権と自民党の二階俊博幹事長の周辺は腐臭漂う利権の巣窟になり果てた。
7月16日付のスポニチは「コロナ感染拡大の中…「Go Toトラベル」強行、二階氏の剛腕 22日に予定通り開始」と報じ、17日付の日刊ゲンダイは「安倍自民「GoTo」強行の裏に…受託団体と献金通じた“蜜月”」と掲載した。
挙句の果てに、全国旅行業協会は、姑息にも二階俊博会長(自民党幹事長)の名前が載った役員名簿を隠蔽した。
もはや、彼らには観光産業を日本の基幹産業に育成しようという矜持もないようだ。
非常に残念なことだが、日本にはまともな政治家や経済人が育たない土壌になり下がってしまったようだ。
最後になるが、18日付の毎日新聞は「GoTo『東京以外も見送りを』69% 緊急事態『再発令』支持8割」と報じていた。
もはや、政府だけでなく、マスコミや国民の間でも、観光産業を21世紀の日本の基幹産業に育てるという信念が、微塵もないことを窺わせる残念な結果となった。
昨日のコラム「EUが日本を含む域外からの入国制限緩和、ブッキングドットコムで稼ごう」で、日本よりはるかにコロナ禍が酷いと見られている欧州で、域内の移動規制がほぼ撤廃されていることを紹介した。(参考:チャートで見る新型コロナウイルスの世界の感染状況)
観光立国を目指すためには、そうしたリスクは避けて通れないことの証左だと思う。
残念ながら、日本政府にはそうした覚悟はないだろう。
今こそすべての日本国民に問う。「日本が観光立国を目指すというのは、タチの悪いジョークだったのか。」
コメント