ココログからのWordPressへのブログ移管を完了

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サントリーニ島 イア

去る2月5日に「ココログ(cocolog)からWordPressへブログの引っ越し大作戦」を開始して以来、およそ3ヶ月で1,100以上に及ぶ記事のテキストと画像を整備してきたが、それが本日をもって完了した。

とりあえず感無量(笑)
ある種の達成感を感じているのだが、正直言って、ほとんどアクセスのない10年前の記事など移管してどうすると思ったことも多々あった。

もちろん、テキストだけは機械的にさくらインターネットのサーバーにインポートが完了したので、それを整備するか削除するかの選択になったのだが、作業を進めていくうちに整備を完了させたいと思うようになって今日に至った。

結局のところ、自分がやってきた15年に及ぶ軌跡を残したいという気持ちが強かったのと、今までの間、自分が何を考え、どんなことを書いてきたか、思い出すのには十分過ぎるほど役に立った.

そして、これらの過程で、過去のコラムに貼ったメディアの記事などについて、すでにリンク先が切れているものは、ウェブアーカイブ(Web Archive)を使って復活させたものもある。

ただ、私が思うに、ブルームバーグやロイター、CNNなど日本語と英語の記事が同時に存在したものは言うに及ばず、日本語メディアの記事の短命さが目に余ると思う。

元々、ブルームバーグの経済記事など、英語の原文の記事がA4サイズで3ページ分あっても、日本語記事は抄訳(約3分の1)ということも珍しくないのだから、英語の読めない(読もうとしない)人は、令和時代も相当にハンディを背負うことになるだろう。

仮に、誰かが10年前の歴史を検証したいと思っても、英語のメディア記事はかなり存在するのに対し、日本語のメディア記事は、ほとんど存在しないのだ。

例えば、令和時代においても近隣諸国との領土問題や歴史認識のことで対立することがあっても、平成時代に日本が発した日本語や英語の記事はほとんどないのに対し、相手国が発した英語の記事はずっと残っていることになりかねない。
そのようなとき、日本人は個人ブログの記事を頼りに反論するのだろうか。

まして、公共機関である官公庁のページから過去の会議録などが、ウェブサイト・リニューアルの名目で、移管されずに、消し去られているのを見たときは、驚きを超えて呆れ果てたものだ。

彼らは文書保存規定云々のことを言い出すのだろうが、そもそも紙書類の時代の規定をウェブ時代に当てはめる(法令を改正しない)こと自体が間違っているし、国会図書館がウェブアーカイブとして収集するものは完全ではない。

日本の支配層たちの怠慢は、歴史を蔑ろにする行為と言われても、反論できないだろう。
もしかすると、日本が斜陽になった平成時代の黒歴史を検証されたくないのだろうか。

さて、残すところは、ブログ作成以前に執筆していた「カルロス・ハッサンの平成旅日記の時事コラム」のうち2003年4月から2005年3月の2年分があるのだが、これこそ移管してどうするレベルのものかもしれない。

一部の記事は移管済ということもあり、ここまできたら完成させようかと思っているのだが、モチベーションが保てるだろうか。

そして、新時代(令和時代)の旅行記については、このブログ(令和の旅・地域の情報)で掲載していくことにしたので、今後ともご贔屓の程よろしくお願いします。

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