先日、フィデリティ退職・投資教育研究所の所長である野尻哲史氏の講演を聞く機会があった。
その中で彼は、2018年(平成30年)2月16日付の高齢社会対策大綱で、「資産の取崩し」が初めて明記されたと述べた。
具体的には、「高齢期に不安なくゆとりある生活を維持していくためには、それぞれの状況に適した資産の運用と取崩しを含めた資産の有効活用が計画的に行われる必要がある。このため、それにふさわしい金融商品・サービスの提供の促進を図る。」という一節だ。(第2 分野別の基本的施策-1 就業・所得-(3)資産形成等の支援-イ 資産の有効活用のための環境整備)
このことについて、野尻氏は2018年5月24日付のコラム「引き出し型投資信託の考え方」でも言及しているが、「資産運用では『資金の取り崩し』は批判されがちでした。投資元本からも分配を出す『タコ足』配当として批判の中心となってきた『毎月分配型投信』はその最たるものです。確かに現役世代の資産形成では、元本どころか収益の一部さえ、受け取らないで再投資に回すことが原則だといえるでしょう。しかし、退職世代は積み上げてきた資産を引き出して生活の糧にするものです。元本を引き出すことを『タコ足』と呼ぶのであれば、退職世代はまさしく『タコ足』で生活資金を用意する世代なのです。多くの人が“預金から『タコ足』で引き出し”していると思いますが、それより“運用しながら引き出す『タコ足』”の方がまだいいはずです。」と書いている。
もっとも、彼は現在の定額分配型の投資信託でなく、純資産残高に応じた定率分配型のものを推奨しているが、今後の高齢世代の資産活用法は、運用を続けながら必要資金を自ら“引き出すもの”に変えるべき時期が来ていると言っているのだ。
ところで、老後の生活費の一部、つまり公的年金以外の部分を自分の資産運用で賄うために、いくら原資が必要かを計算するときは、弊サイトのコラム「ハッピーリタイアメントのために」で紹介した資金係数表(Excel)のうち、年金現価係数(The present value factor for annuity)を使えばいいのだが、毎月分配型の投資信託(又は野尻氏の言う引き出し型投資信託)を考慮しない場合は、どうなるか試算してみよう。
前提条件は、65歳から公的年金受給開始、例月家計支出の不足分の60,000円(2014年9月14日-総務省統計局 統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)-高齢者の家計)を資産運用収入とし、平均寿命は男性81歳、女性87歳(2017年7月27日 日経新聞-平均寿命、男女とも過去最高更新 女性87.14歳 男性80.98歳)とする。
マネー雑誌などにあるように、保守的な運用ということで実質年利1%程度(表面利回り1.3%)の社債などで運用した場合は、65歳から平均寿命までの期間で計算すると、男性の場合は16年なので約1100万円が、女性の場合は22年なので約1400万円が必要な原資であり、しかも、平均寿命に達した時点で元金は底をつく。
いかに預貯金を準備しようと、また、資産運用をしてこようと、リタイア世代は、配当金(インカムゲイン)を目的にした資産活用という考え方を持たない限りは、公的年金と老後の就労によって生計費を賄うか、高額の資産準備をする以外に方法がないことがおわかりになるだろう。
いずれにせよ、マネー雑誌の必要な老後資金はいくらという記事に振り回されず、上記のエクセルに数字を入れて計算することが、老後資金を準備する第一歩となる。
それでは、私が推奨する老後の資産活用法の一つをお伝えしよう。
それは、日本株の高配当銘柄の一つである日本たばこ産業(株価:2914)への投資だ。
現時点での予想配当利回りは年利5%、1株配当が150円(20.315%の源泉税引き後120円)なので、税引き後で年間720,000円の配当金を得るためには6,000株が必要となる。
これを7月20日の終値(2,978.5円)で計算すると、証券会社の買付手数料を考慮しなければ、17,871,000円が必要な原資となるが、退職金活用の一つとして、極めて優良な投資先だと思う。
たばこと言えば、日本は元より先進国では毛嫌いされる嗜好品の一つだが、これを生産販売している会社が、世論の反発で潰れたという話は寡聞にして聞いたことがないからだ。
それに配当利回りが高いのもさることながら、株主優待の楽しみもある。
2015年11月1日付の鈴木傾城氏のブログ「フルインベスト(旧Darkness TIGA)」の記事、「世間から全方位で袋叩きにされても、したたかに生き残る企業」に投資するというのは極めて正しいと言える。
事実、私が2015年12月29日付で掲載した「資産形成のための比較的安全な米国株投資法」はかなり良好な成績を上げているのではなかろうか。
そして、野尻哲史氏の講演では、デキュムレーション(Decumulation)世代、つまり、リタイア世代は、今まで作り上げてきた金融資産を取り崩しながら生活する世代ということで、それに相応しい金融商品が今後求められていくだろうということだった。
それが、彼の言う「引き出し型投資信託」というものになるのだろうが、現時点では日本にそれを前面に押し出した金融商品はなく、毎月分配型の投資信託がその代わりをしている。
高齢社会対策大綱で、リタイア世代の資産の取崩しという目的に相応しい金融商品の促進を図ることが明記されたので、今後はそうしたものが出てくるだろうし、よほど悪質なものでなければ、現在ある毎月分配型の投資信託も、金融庁から不適切であるという指導がされることはなくなっていくだろう。
私が調べたところ、毎月分配型の金融商品は日本独自のものではなく、米国にも香港にもあるものなので、そうしたニーズはリタイア世代共通のものという認識を持っている。(2015年11月5日-米国高配当株の新規投資案件をピックアップしてみた)
奇しくも、昨年の春に、「数ある毎月分配型の投資信託の中で、私が『掃きだめに鶴』と評したダイワ米国リート・ファンドも、花が散るときがやってきたのだろうか。」(2017年4月7日-ラバ吉(Lovers Kitchen)の花見酒に酔いしれた後で投資のことを考えた)と書いたダイワ米国リート・ファンド、分配金修正なしの基準価額が2018年3月26日の3,020円を底に上昇に転じているし、純資産総額の減少にも歯止めがかかっている。
厳密に言えば、この商品は野尻氏の言う引き出し型投資信託ではないが、毎月分配型の投資信託も老後の資産活用法の一つとして、今後の復権を期待させる動きになっているのは確かなようだ。
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