無理なノルマは不正を生む

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頭を抱えるビジネスマン

最近になって相次いで官民の不祥事が報道されている。

1つは社会保険庁、こちらはもはや解体しかない、とお怒りの方々も多いだろう。もう1つは損害保険ジャパン、こちらも2002年7月に安田火災海上保険と日産火災海上保険が合併して発足以来、今回で早くも3回目の業務改善命令を受けたことになる。

ちなみに現在の社会保険庁長官は、損害保険ジャパンの営業畑出身の村瀬清司氏だ。

これらの不祥事に共通しているのは、目標(ノルマ)設定が著しく現実と乖離し、尋常では達成不能なレベルであったことだ。
社会保険庁では国民年金保険料の免除や猶予申請の書類を自作し、損保ジャパンは、顧客の保険料を営業マンが立て替えたり、保険金の不払い行為をしなければならないほど、現場が追い詰められていたということを示唆している。

これらを単に現場スタッフが不正をしたことの責任だけ追求しても問題は解決しないだろう。
実際に、昨日付けの読売新聞社説は、「社会保険庁、ぬるま湯体質のあきれた不正」として

社会保険庁職員の行為は結局、自分の業務成績のためだ。保険料の納付率を引き上げるために、未納者からの徴収に努力するのではなく、不正免除によって、手っ取り早く納付義務がある人の数を減らしたのである。姑息(こそく)と言うしかない。

社会保険庁職員には民間から村瀬清司長官が乗り込み、保険料の納付率を80%に回復させるとの目標を掲げた。だが、いまだに60%台半ばにとどまっているため、長官は全国の職員に、納付率向上を強く号令している。

目標に向けて厳しく取り組む村瀬長官の姿勢は、民間なら当然のことだ。問題は、安直な手段で成績を上げようとする社会保険庁職員の、ぬるま湯体質にある。長官は、一層厳しく職員に意識改革を迫るべきだろう。

と書いている。

この社説自体は、一見すると正論ではあるが、根本的な問題として、村瀬長官の掲げる目標は、社会保険庁の職員が頭を下げ、納めてください、と未納者の自宅を訪問し続ければ達成できるレベルなのだろうか。

民間の保険や年金は、営業マンの口車に乗ったか乗らないかは置いておいて、自分で入りたいから手続きを取るものだ。
ところが、国民年金は20歳になれば、「加入したくなくても」強制的に加入させられてしまうものだ。

つまり、この中にいる確信的加入拒否層は納付の意思がそもそも芽生えるはずがない。
財産の差し押さえという法的強制手段はあるが、今回の不祥事の焦点である保険料の免除申請が可能な「財産が少ない、あるいは無資力の人」に対してはほとんど効力がない。

それを差し引いて計算を始めなければ目標自体が達成不能な夢物語でしかなくなるのだ。
おまけに、将来払った分に見合った年金額を貰えないかもしれないという不安や、今でさえ満額貰ってもとうてい生活できないという現実から、支払いをしなくなる者も多いという。

確かに社会保険庁関連の腐敗のニュースはおぞましいものがあり、バカバカしくて払ってられるか、と怒っている人もいるだろうが、少子化の加速で年金制度自体が破綻をきたしているのが鮮明になってきている上、国民年金の加入義務者は、小泉改革でより経済的弱者に転落させられた人たちも多い。

彼らは、目の前の生活が手一杯で、たとえ国民年金保険料の免除や納付の猶予をしてもらえる可能性があっても、役所へ書類を出す気力自体が失せてしまっていることも考えられる。

これらを総合して考えれば、納付率80%なんていう数字がいかに無謀かというのがわかる。
もはや現行の年金制度自体が維持できる状態ではないのだから、こういうときこそ政治が確固たる方向性を示して制度を改革すべきなのに、昨年夏の総選挙では、小泉自民党が争点とするのさえ放棄し、おまけにマスコミのバカげた報道姿勢がそれに輪をかけてしまった。

その中で実現不可能とも言える目標を達成せよと言われれば、そこに作為(不正)が生じるのは、「官民問わず」あり得ることだ。
読売新聞は「社会保険庁職員の行為は結局、自分の業務成績のためだ。」などと断罪しているが、そもそも民間並みに役所にも成績主義を導入せよ、と言ってきたのは誰なのか。

成績主義を導入した職場で、「自分の業務成績のため」に働くのは(不正は許されることではないが)当たり前のことではないか。
民間会社では、それが時として無理なノルマ達成を強いることになり、不正や数字の操作が行なわれることの弊害はかねてより指摘されていたことだ。

現に、保険料の違法な立て替え払いや、保険金の不払いが多数発覚した損害保険大手の損保ジャパンは金融庁から通算3回目の業務改善命令を受けた。
つまり過去2回の教訓は何も生かされてなかったと言えるだろう。

その民間の悪いところと、役所の悪いところが結合して生まれたのが今回の社会保険庁の不祥事とも言える。

最後に、「問題は、安直な手段で成績を上げようとする社会保険庁職員の、ぬるま湯体質にある。」と読売新聞は言うが、ぬるま湯体質だったら成績や結果なんかどうでもいい、ということになるのではないのか。

何でも「ぬるま湯」という言葉を使えば役所批判が完結するという、それこそマスコミの安易な報道姿勢だ。
そもそも、これは単なる役所の職員の不祥事と捉えず、根本的な問題がどこにあるのかを論じなければ意味がない。

おそらく、この問題は、現場スタッフが意識改革をしただけ(しないよりマシだが)ではなくならないだろう。
それは、今回のことに限らず、民間の生保・損保業界にたびたび起こる不祥事を見てもわかる。

根本的な原因は「トップが現場の実情を知らない(知ろうとしない)で無理難題を要求する」ことにあるのだ。
ノルマ達成に向けたメールを送ったことが営業現場への強いプレッシャーと指摘された平野浩志社長は「もっと社員の声を聞き、現場を把握すべきだった」と悔やんでみせたというが、所詮口先だけで、そんなことは心の片隅にも思ってないのだ。

別の大手損保幹部が毎日新聞のインタビューに対し、問題となった損害保険ジャパンの営業手法は、「前身の安田火災海上保険時代から続く社風」と言ったらしいが、そういう社風で育った2人のトップが同時に不祥事に見舞われたのは決して偶然などではない。

無理な目標であっても達成できなければ、成績が下がり給与や昇進に跳ね返ると思えば、いつかは不正をしてでも、となるのは想像に難くないからだ。
そして、最終的に実害を被るのは一般消費者(保険・年金の加入者)であることはいつの時代でも変わらないのだ。

コメント

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