2020年4月7日に発令された新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が、全国的に解除された5月下旬、世間の衆目がコロナ禍に向いている中で、ひっそりと成立した重要法案がある。
4月13日付で掲載された「★オフショア師匠★の運用調査分析ダイアリー」のコラム「年金受取開始を75歳まで繰り下げ可能にする法案は改善?改悪?徐々に条件が厳しくなっていく事でしょう!」で触れられていた年金制度改革法案が可決したのだ。
21世紀になって、少子高齢化対策が政策課題にならない年はなかったはずだが、すべての為政者がそれを全く改善しないまま、5年ごとに年金制度が変えられてきた。
15年前には「百年安心のマクロ経済スライド制導入の年金改革法成立」だったと思うのだが、これはどこが安心できるプランだったのだろうか。
無風状態で可決成立した年金制度改革法案
「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案」(年金制度改革法案)、平時なら、この法案の審議を巡って、与野党がぶつかり合うこともあるものだった。
ところが、今回の法案は日本共産党を除く全会派の賛成で可決成立した。
法案が成立した5月29日に、時事通信が「新型コロナで先行き不安=適用拡大、中小企業に重荷-年金改革法成立」と、日経新聞が「受給開始75歳も、パートに厚生年金拡大 改革法成立」と報じていたが、世間の話題は、新型コロナウイルスの感染者数と、なんちゃってデジタル化だった特別定額給付金の申請システム、そして、電通がらみの腐臭漂う持続化給付金の支給事務委託のことでいっぱいだった。
年金制度改革法のポイント
さて、今回成立した年金制度改革法というものがどのようなものか、厚生労働省の「年金制度改正法(令和2年法律第40号)が成立しました」から見てみたい。
なお、改正法の施行は、原則として、2022年(令和4年)4月1日となるようだ。
- 被用者保険(厚生年金保険、健康保険)の適用範囲の拡大
今まで適用除外だった短時間労働者(週労働時間20時間以上、月給8.8万円以上)や、弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う5人以上の個人事業所については、被用者保険の適用とする。 - 在職老齢年金制度の見直し
60~64歳までの特別支給の老齢厚生年金の受給者に関して、年金の支給が停止される基準を、現行の28万円から47万円に引き上げる。 - 公的年金の受給開始時期の選択肢の拡大
公的年金の繰下げ請求の上限年齢の引上げを行い、現行の60歳から70歳までの間で選択可能なものを、60歳から75歳の15年間とする。
なお、繰り下げ請求の損得勘定について、「『“詐欺”と同じではないか』75歳から受給すると“大損”!?年金改革法案を森永卓郎が解説」という記事もあるので、参考までに読んでおいた方がいいだろう。 - 確定拠出年金(DC=Defined Contribution Plan)の加入可能要件の見直し
これは、企業型確定拠出年金(企業型DC)と、個人型確定拠出年金(iDeCo)があるが、前者は70歳未満の厚生年金の被保険者、後者は国民年金の被保険者であれば加入可能となる。
また、受給開始年齢も公的年金に合わせて、60歳から75歳の間で選択できるようにする。
ちなみに、今回の年金制度改正法のポイントは、2020年6月9日のダイヤモンドオンラインの「『年金改革法』成立、 知らないと損をする5つの変更ポイント」でも解説されているので、併せてお読みになるといいだろう。
アフターコロナ時代に日本の年金制度は維持できるのか
私が2012年6月3日付で掲載した「Toward a dream-come-true『経済的自由への扉は開かれた』」というコラムの中に、学習院大学経済学部教授の鈴木亘氏の2012年3月30日付のブログ「年金積立金は、本当はいくら残っているのか?」というのがある。
彼は、厚生労働省の第1回社会保障審議会年金部会へ提出された資料「基礎年金国庫負担について-P14『年金積立金及び取り崩し額の推移』」を元に、現在の(2012年当時に)40代の人たちが年金受給資格を得られる2030年代には公的年金の積立金の枯渇が避けられないと論じていた。
2012年12月16日に実施された総選挙で自民党が勝ち、2013年4月4日の金融政策決定会合で日銀の「量的・質的金融緩和の導入」が決まり、いわゆるアベノミクスと呼ばれる経済政策が始まった。
このときの政策目的は、デフレ脱却だったはずだが、結果的になし崩し的に長期化し、今や日銀や年金資金によるETFの爆買いは、かつてのPKO(株価買い支え)でしかなくなってしまった。
これは私の想像でしかないが、2012年当時の鈴木亘氏の調査と分析に誤りがなければ、金融市場の5頭のクジラ「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)、日本銀行、共済年金(国家公務員共済年金、地方公務員共済年金、私学共済年金) 、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険」によるETF爆買いは、安倍内閣でなくとも、避けられなかったに違いない。
つまり、2030年代には枯渇するかもしれない年金積立金を少しでも延命させるための方策は、積立金を運用(投資)で増やすか、厚生年金加入者(出資者)を増やすか、それとも年金支給額を減らす以外にないからだ。
これこそ年金制度維持のための三本の矢だろう。(苦笑)
その最大の矢である運用に関して、今回のコロナ禍による影響は甚大なことが予想され、2020年4月21日付には「アフターコロナにやってくる年金財源消失と長期株価低迷時代の恐怖」というコラムが掲載された。
そして、7月3日付のブルームバーグには「GPIF:1-3月期17.7兆円の運用損、コロナ禍で過去最悪」という記事が掲載されていた。
もっとも、日米の株価は、4-6月期で相当に戻しているので、現時点では、想定より資産評価額は悪化していないと考えられるが、この先のことは誰にもわからない。
辛口メディアや野党支持者の間では、株価が暴落するたびに「アベクロのバクチが~」と叫ぶ声が多いが、私に言わせれば、誰が首相や日銀総裁になろうとも、年金制度を抜本的に変えるか、少子高齢化の加速を奇跡的に回避できる方策でもなければ、それは同じだろうと思う。
また、その覚悟が有権者にも求められるのは言うまでもないことだ。
2020年2月6日付のZUU Onlineの記事「市場の『クジラ』GPIFとは何者 ? 100年間を視野に入れた超長期運用の中味」の記事を読めば、ほぼ全国民が「アベクロのバクチが~」に出資者として関わっているのだ。
年金制度改正法は所詮は延命策
今回の年金制度改革法案も所詮は延命策に過ぎない。
もちろん、それを抜本的に変えるのは、厚生労働省の官僚の仕事でなく、有権者の覚悟の上で政治家がなし得る仕事である。
しかしながら衆参両院で圧倒的多数を握りながら、安倍首相を始めとする政府閣僚は何もイニシアチブを発揮できず、官僚の作文を読み上げているだけだった。
おそらく、それを批判する野党が政権を握ったとしても大差ないだろう。
私が香港にある資産を日本へ戻すのでなく、米国へ飛ばそうという気になっているのは、日本の方が香港よりヤバイのではないかと感じているからだ。
私が本格的に海外投資に踏み出した原点が、2004年2月29日付で掲載した「未来へのシナリオ」で紹介した、ピーター・タスカ(Peter Tasker)の「不機嫌な時代-JAPAN2020」という本だった。
今年が彼が近未来を予想した経済コラムを書いたターゲットの年だ。
上述のコラムで紹介した、ピーター・タスカが書いた日本の近未来の3つのシナリオのうち、日本全体としては、間違いなく「デジタル元禄」への道は歩めなかった。
そうすることが政官財を始めとする為政者にとって都合が悪いとか言いようがなかった。
おそらく、今、歩んでいるのは「茹で蛙」、彼曰く、最悪のシナリオである。
衰亡に向かっていることにみんなが気づけば、たいていはそれを食い止めるための手を打つことができる。ところが、きわめてゆっくりと衰亡に向かうとき、それは見えないところで進行する。
現状に満足し、リスクをきらい、混乱に直面しても受け身でこれにあたり、やがて、主要な機関・組織の中でアカウンタビリティとフィードバック機能が働かなくなる。
衰退を阻止することにだれも直接的かつ強い関心を示さないから最悪のシナリオが現実のものになる。
再配分連盟側の連携が強すぎて身動きがとれないのである。
>だれも直接的かつ強い関心を示さない
日本企業はアジア圏などでNATO (No Action Talk Only)と評されることがある。
つまり、話をするだけで行動に移さないという意味だ。
それが、21世紀の国際的プレゼンスの低下に繋がっていると、どの程度の人が認識しているだろうか。
そう、それは企業内のビジネスマンだけの話でなく、日本人が有権者として行動しないことにも繋がっている。
「どいつも選挙のときだけ良いこと言ってるじゃないか」と吠える貴方は、自分の選挙区内で選出された政治家に、意見や要望をすることが何回あっただろうか。
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