8月30日の総選挙で民主党が勝利し、政権交代が実現したことで、イギリスの経済紙であるフィナンシャル・タイムズ(Financial Times)にも日本の特集(In Depth – Japan elections)が組まれている。
鳩山内閣の政策についてはいろいろな意見があるだろうが、国際社会における日本のプレゼンスが低下するに従って、世界のメディアにおいて日本が話題になることが少なくなってきた中で、久々に政治の話題が脚光を浴びていることは素晴らしいことのように思える。
7日付の記事でもVibrant ‘Ozawa Girls’ to refresh Diet(力強い小沢ガールズが国会を活気づける)として、日本の女性国会議員の数が飛躍的に伸びたと報じられている。
一方の経済政策の方は相変わらず厳しい見方が強いが、少なくとも今までの自民党の政策とは変わるのではないかという期待も少しは感じられるような気がする。
その中でJapan’s savers pressed to alter their ways(やり方を変えるよう迫られる日本の預金者)という表題の記事があったので紹介してみたい。
端的に言えば、日本の内需拡大を妨害しているのは貯蓄率の高さであるという預金悪玉論にも見えるが、フィナンシャル・タイムズが見るところ、日本の典型的主婦であるとされるミセス渡辺(仮名)は「日本が北欧諸国のような政策を取れば安心して金を使える」と考えているように論じている。(kaigo web – 北欧の福祉事情)
そして、最後の締めくくりとして”DPJ leaders must not merely get the nation’s money moving, but also find ways to promote the productivity gains that will raise its long term growth rate.(民主党の指導者たちは国中に金が回るようにするだけでなく、長期成長率を上げるような生産性上昇を促進する手段を見つけなければならない。)”としている。
例えば、ノキアのような世界的企業が経済を引っ張り、福祉が充実しているフィンランド、日本もフィンランドのような国を目指すべきなのか。
ところが私が見たところフィンランドのようになるためにはいくつかのハードルが存在する。
- トヨタなどの自動車産業が衰退した後の日本のリーディングカンパニーが見当たらない。
- 高負担を支えるための担い手が不足している。特に既婚女性が勤労世代に属する北欧諸国と被扶養者に甘んじざるを得ない日本の格差は大きい。
- 福祉の担い手を外国人に委ねざるを得なくなったとき、北欧諸国では英語が母国語同様に通用するが、日本ではお話にならないくらい言葉のハードルが大きすぎる。
- かつてフィンランドでは財界が世界に通用する人材を育てよと政府に要請したが、日本では悪名高い「ゆとり教育」のもとで基礎的な常識すら満足に理解できない若者が大量に生じている。
ざっとこんなところだろうか。
詳しくは検証しないが、もし、民主党を支持した人の多くがミセス渡辺のようなことを考えているならば、民主党内閣の閣僚が多少斬新的な政策を打ち出したとしても彼女たちの多くは失望するだろう。
なぜなら、福祉制度や年金制度の再構築といっても、今の制度を前提とするならば、年金問題における社会保険庁の怠慢を別にしても、主婦の大半を被扶養者の立場から勤労者(社会保険料の負担者)の立場へと変えさせるような劇的な変革が必要だし、移民も大幅に受け入れざるを得なくなる。
民主党のマニフェストにある保育所の待機児童の解消は緊急課題となるだろうし、それに加えて、ベビーシッターを雇った場合の補助や税額控除なども検討する必要があるだろう。
何より移民を受け入れるためには、彼らに日本の慣習や文化を知ってもらうにことに加え、お互いの意思疎通のハードルも低くするようにしないといけないだろう。
一番大きなことは、「日本に来るなら日本語を話せ」という一見すると正論だが、北欧諸国の人たちと180度違うメンタリティの払拭だ。
政府自ら「日本語を話せる外国人を云々」と言っているようではよほどの意識変革が必要だろう。
北欧諸国の人たちは外国人が自国語を話せるようになることは難しいから私たちが英語を話すと言って、英語を母国語のように操れるレベルにまでなっている。
これに対して日本は「まるで英語など学ぶ必要がない」と言わんばかりの貧困な教育システムを温存したままになっている。
これらの課題を克服しなければならないことを考えても、ミセス渡辺の要求を満たせる政府は日本には存在しないような気がする。
それとも10年スパンで考えれば変革は可能であろうか。
果たしてミセス渡辺はそれまで忍耐強く待ち続けることができるであろうか。
ところで、ミセス中西の”With the home loan paid off, we’ve already moved more to the consumption side.(住宅ローンを完済すれば、すでに私たちはもっと消費側に回っている。)”という言葉は民主党のマニフェストの「ノンリコース(不遡及)型ローンの普及を促進する」というのと相俟って消費が促進される可能性がある。
日経ビジネスで「日本の住宅ローンは世界から見れば変則です」というコラムを書いた澁谷征教氏も、投資せずに貯蓄に走る国民性の根本原因が日本型の住宅ローンにあると言っていることから、ノンリコースローンが一般的になれば、今のように持ち家を手放しても借金が残るという悲劇がなくなり、安心感が生まれることになろう。
もっとも資産価値が毀損するリスクを金融機関が持つことになるために、借入金利は高くなるが、欠陥住宅を掴まされるリスクは格段に低くなるため、消費者側のメリットも相当になると思われる。
ただ、今のローン制度の下で借金して苦しんでいる人は救われないし、自己破産や競売案件も増えていると聞く。
亀井金融・郵政担当相が国会へ提出を検討している中小企業向け融資や住宅ローンの返済猶予法案は、経済界からの反対意見も根強いようだが、日本の個人消費を停滞させ、中高年の自殺を多数引き起こしている一つの要因が多額の住宅ローンにあるのだから、資産価値に比べて不相応なローン債権部分については、いわゆる債権放棄(徳政令)のような形でケリを付けざるを得ないところまで来ていると思う。
それにしても1990年代は倒産寸前の大企業に対して債権放棄をし、その補填を公的資金(税金)でしてもらった金融機関が、亀井大臣から同じようなことを個人や中小企業に対してしろと言われて嫌悪感を抱くのはなぜだろうか。
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Japan’s savers pressed to alter their ways (やり方を変えるよう迫られる日本の預金者)
(October 8 2009 Financial Times by Mure Dickie)Can Japan’s new leaders persuade their fellow citizens to stop hoarding money and thus ease one of the biggest structural problems plaguing the world’s second-largest economy?
日本の新しい指導者たちは国民に対して貯蓄をやめるように説得し、それゆえに生じている世界第二位の経済大国を悩ませている大きな構造的な問題を和らげることができるだろうか?
They have not succeeded with Mrs Watanabe. Not the mythical “Mrs Watanabe” used as shorthand for an archetypal Japanese investor, but Kumiko Watanabe, 57, a real-life Tokyo housewife who believes in patient saving and modest spending.
それらはミセス渡辺のせいでうまくいったことはない。典型的な日本の投資家を簡単に言い表わすために使われる架空の「ミセス渡辺」のみならず、実在の東京の主婦である渡辺久美子(57)も我慢強い貯蓄と慎ましい消費が良いことだと信じている。
This Mrs Watanabe and millions like her are blamed by economists for locking up much of the nation’s money in cash and low-return bank deposits, leaving the economy dependent for growth on exports to less cautious consumers elsewhere.
このミセス渡辺と彼女と同じような無数の人々はタンス預金と低金利の銀行預金に多くのお金を仕舞い込んでいることでエコノミストたちから責められている。そして、ほかの所では慎重さがより少ない消費者のために輸出に依存した経済成長のままでいるハメになっている。
Now, however, Democratic party policymakers fresh from their historic general election victory over Japan’s long-ruling Liberal Democrats say they are determined to achieve an economic rebalancing that has eluded governments since the 1980s.
しかし、今や、日本を長く支配した自民党を歴史的な総選挙の勝利で破ったばかりの民主党の政治家たちは、1980年代以来の政治を避け続けてきた経済のリバランスを成し遂げる決意であると言っている。
“It’s not that exports are bad, but we have to think more about domestic demand,” Hirohisa Fujii told the Financial Times in an interview before his appointment as finance minister last month. He cited generous DPJ welfare pledges as an important tool for engineering an economic rebalancing.
先月、藤井裕久氏は財務相に任命される前のインタビューで「輸出は悪いことではない、しかし、我々は内需についてもっと考えるべきである」と本紙に語った。彼は経済のリバランスを画策するための重要な手段として気前の良い民主党の福祉の公約を挙げた。
Success in this effort to stimulate domestic demand would have far-reaching implications. Along with China and Germany, Japan and its structural surplus have been implicated in the global imbalances blamed for contributing to the international economic slump. If Japan could become its own engine of growth, it would ease the path to recovery of deficit nations such as the US.
内需を刺激するこの取り組みの成功は広範囲にわたって密接な関係が出てくるだろう。中国やドイツに加えて日本とその構造的な黒字は国際経済不況の一因となったために、世界的な不均衡に関係しているとみなされ責められ続けられている。もし、日本が成長の原動力になるならば、例えば米国のような赤字国の景気回復もたやすくなるだろう。
Mr Fujii notes that about 60 per cent of the gross domestic product growth recorded by Japan between 2002 and 2007 came from external demand. But DPJ leaders hope that by putting money directly in the hands of parents, cutting taxes and highway tolls and strengthening Japan’s welfare and pensions systems they can at last spark a recovery in household spending.
藤井氏は2002年から2007年の間に記録されたGDP(国内総生産)の増加の60%が外需によってもたらされたと言及した。しかし民主党の指導者たちは、子ども手当の支給、高速道路料金の無料化、そして日本の福祉と年金制度の強化によって、最終的には家計支出の回復を引き起こすことができると望んでいる。
There is certainly plenty of spending power to be unleashed. Japanese household savings, held largely in relatively unproductive bank deposits and even cash, total an astonishing JPY1,400,000bn (USD15,800bn, EUR10,700bn, GBP9,800bn).
相当な購買力が発揮されるのは確かである。日本の家計貯蓄は主として相対的に利益を生まない銀行預金と現金で溜め込まれており、驚くべきことに合計で1400兆円(15兆8千億ドル、10兆7千億ユーロ、9兆8千億ポンド)となっている。
And Mrs Watanabe agrees with DPJ policymakers that the high level of savings is in large part the result of a sense of insecurity.
そして、ミセス渡辺は高水準の貯蓄は大部分が不安感の結果であるという民主党の政治家たちの意見に賛成している。
“It’s all right not to save much in places like northern Europe, where you pay high taxes but medical expenses are covered and you are looked after in old age,” she says. “In Japan nobody can have that kind of confidence and nobody believes in the pension system… You have to keep your own money and the bank is the safest place.”
彼女は「北欧諸国のように多額の貯蓄をしないですむことは結構なことだ。それらの国々では高い税金を払わないといけないが、医療費を賄ってくれ、老後の世話をしてくれる。日本では誰もそのような信頼をしていないし、誰も年金制度を信じていない。自分で金を貯めなければならないし、銀行は最も安全なところだ。」と言う。
Although Mrs Watanabe welcomes the DPJ’s victory, she doubts its ability to fund its generous pledges and wonders how long its policies will endure, since a future LDP government could undo the changes.
ミセス渡辺は民主党の勝利を歓迎しているにもかかわらず、その気前のよい公約に資金を回す手腕に疑問を抱き、どのくらいの間その政策が維持できるのか懐疑的になっている。なぜなら将来の民主党政権は変革を元に戻すこともあり得るからだ。
So for now she plans to keep putting money away in low-interest, low-risk accounts. “I suppose you can say we [Japanese] are overly sober or too timid. Maybe we are just not good at enjoying ourselves,” she says.
今のところ彼女は低金利でローリスクの口座に金をしまっておくつもりだ。「私はあなた方が日本人が非常にまじめか気が小さすぎると言うのではないかと想像している。たぶん私たちはちょっと人生を楽しむのが苦手なだけだろう」と彼女は言う。
Such caution is not universal across the archipelago, as any visitor to centres of conspicuous consumption such as Tokyo’s Ginza district knows. Even some housewives in the capital have embraced the mission of getting the nation’s money moving.
そのような慎重さは、例えば東京の銀座地区のように目だった消費の中心地へ行く人たちがいるために、日本列島のいたるところで一般的というわけではない。まさに首都圏の一部の主婦たちは、国のお金を巡らせるという任務に喜んで応じているのだ。
Mrs Nakamura, who prefers to be identified only by her surname, says that rather than “rattling on” about their own financial needs, members of the older generation should use their money to ease the economic path of younger compatriots.
ミセス中村(姓によって特定されることを好む)は、自らの金融ニーズについて「ベラベラしゃべり続ける」よりもむしろ、熟年世代の人たちは若い同胞の経済的進路を楽にするためにお金を使うべきだと言う。
“If money doesn’t circulate, especially towards young people, then this nation’s future is in peril,” Mrs Nakamura says. “Whether the DPJ can do what it promises or not, as an older person I think that rather than saving, I should spend my money on something… like travel, or concerts, or little presents for people.”
ミセス中村は「もしお金が、特に若い人たちのために回らなければ、この国の将来は危険にさらされることになる。民主党が公約を守れるか否かにかかわらず、熟年世代である私は貯蓄をするよりも、旅行やコンサート、誰かに小さなプレゼントをするとかのためにお金を使うべきだと思う」と言う。
Still, many Japanese first want to see whether the DPJ can match its rhetoric with results.
依然として、多くの日本人はまず民主党の説明と結果が一致するか否かを見たいと思っている。
Noriko Nakanishi, 58, says she hopes the new ruling party will be as successful in reforming the pension system as it was in the past at exposing such failings as bureaucrats’ scandalous loss of tens of millions of payment records. Feeling more secure would make it easier to spend, she says.
中西紀子(58)は、「新政権が過去に公表された官僚たちの数千万もの納付記録のけしからぬ紛失という不手際のあった年金制度の立て直しに成功することを期待している。もっと安心感が広がれば気楽に消費できる」と言う。
“With the home loan paid off, we’ve already moved more to the consumption side,” Mrs Nakanishi says. “Of course we have to keep a certain level of savings, but we’re looking to enjoy life.”
ミセス中西は「住宅ローンを完済すれば、すでに私たちはもっと消費側に回っている。もちろん私たちはある程度の貯蓄を維持しなければならないが人生を楽しむことにも目を向けている」と言う。
Economists warn that even DPJ success in encouraging such spending would hardly be a panacea for an economy that has struggled to shake off the lingering hangover from its late 1980s asset bubble and must now contend with a rapidly ageing and shrinking population. With a trade surplus universally seen as vital to the current fragile economic recovery, any rebalancing will be gradual at best.
エコノミストらは民主党のこのような消費刺激策が成功したとしても、1980年代後半の資産バブルの長引く後遺症を取り除くためにもがき続け、今や少子高齢化に対処しなければならない経済の万能薬にはとてもなり得ないと警告する。今の脆弱な景気回復に対して不可欠と見られている普遍的な貿易黒字のために、どんな経済のリバランスもよくても段階的なものになろう。
Too rapid a drawdown of savings would also be risky. Japan’s huge bank deposits have been an important source of stability – not least in ensuring that banks remain complacent buyers of low-yielding government bonds despite a gross state debt that will soon be equivalent to 200 per cent of gross domestic product.
貯蓄の減少が速すぎることもまた危険であろう。日本の大銀行の預金は重要な安定性の源となっている。銀行がいずれGDP(国内総生産)の2倍(200%)に達しようかと言う国の借金の総額にもかかわらず、利率の低い国債の自己満足の買い手のまま留まっているとは少しの保証もないが・・・
In the end, DPJ leaders must not merely get the nation’s money moving, but also find ways to promote the productivity gains that will raise its long term growth rate.
最終的に、民主党の指導者たちは国中に金が回るようにするだけでなく、長期成長率を上げるような生産性上昇を促進する手段を見つけなければならない。
Winning over Mrs Watanabe will be just the start.
ミセス渡辺の説得はちょうど始まろうとしている。
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